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なぜ霊的真理を学ぶのか

 

霊的に生きるとは、霊的真理に沿った生き方を心がけることだと思うのですが、その霊的真理とはどういうものかが全くわかっていませんでした。

この宇宙のあらゆるもの、森羅万象に働いています普遍的な法則であり摂理のことでありました。

 

ですから本来、霊的真理に反しますような出来事は自然界では起こり得るはずがありません。

ところが人間だけが自由意志の行使できます範囲内において摂理から逸脱し、そのツケを後で支払うようなことをやっています。

 

つまり、人間は摂理に則った生き方を自ら選択して行かなければならないと言えます。

それは霊的成長につながって行く道でもあるように思います。

 

霊的真理について学ばなければならない理由も、そこにあるのではないでしょうか。

宇宙を貫いています偉大な法則、調和に満ちたその絶妙な摂理を知る特典が人間に与えられているようにも思えるのです。

 

 

時とタイミング

 

もし何度も生まれ変わっているとしましたら、それぞれの人生はどんな意味があるのでしょうか。

それがどんなに不本意な人生であったとしましても、自分にはなくてはならない体験であったと言えます。

 

いまの人生で自分がどれだけ深く学ぶかによって、その後の展開が大きく異なって来るように思います。

一見、些細でつまらないと思えます出来事にも前向きに受けとめ、そこから教訓を見出して行く態度が求められます。

 

一度きりの出合いに注意を払わず、何も学ばないとしましたら、ただ時間を浪費しているだけで全く愚かなことです。

ただし、あまりに期待し過ぎますのも問題で、「前世療法」には次のような一説があります。

 

大切なのは忍耐とタイミング。

すべてのことには時がある。

人生は…うまく予定通りにゆくことはない。

 

その時々にやってくるものを受け入れ、それ以上を望まない方がよい。

命には終わりがない。

そして、人は決して死なないのだ。

 

霊的真理を理解しますにも、ふさわしい時とタイミングがやって来ない内は、どんなに焦っても得るものがないと言っているのでしょう。

 

 

霊的真理の学び方

 

自分は霊的存在でありますことは頭の隅にあるのですが、だからどうなのか、どうすればいいのかがまだよくわかっていません。

人生の目的は霊的成長にあるのですが、そのための計画や目標というものを持たずにいますから、こういう状態になるのでしょうか。

 

霊的真理の学習にしましても特に取り決めていませんので、思いついたときにあるところを学んでいるというのが現状であります。

少なくとも学習のアウトラインだけでも決めておいた方がいいのかもしれません。

 

テキストとしまして、スピリチュアリズム普及会の「スピリチュアリズム入門」「続スピリチュアリズム入門」「シルバーバーチの教え」を使い進めています。

一通りは読み終えておりますが、再度メモを取りながら学ぼうとしているところです。学習の進め方にも創意と工夫が欠かせないようであります。

 

 

霊的真理を学ぶ理由

 

臨死体験をした人たちの多くが、自己中心的な人生の間違いに気づくようです。

そして、人のためになることをして人生をもう一度やり直したいという思いを強く持つと言います。

 

あの世に行って自分がいかに愛されていたかが痛いほどわかり、是非ともそれに報いたいという心境になったのだと思います。

絶大な愛の恩恵に何としてでも応えたくて、そうした愛を人々に与え尽くしたいと願わずにはおれないのではないでしょうか。

 

物質界にどっぷり浸かっていますと、たくさんの愛に包まれ浴していますことになかなか感じ取れないのです。

個別意識が強くて、自分と他人という分離感が骨の髄まで行き渡っていますのが現状です。

 

私たちが等しく、神の分霊の宿る兄弟(姉妹)でありますとは容易に思えないのであります。

地上界にいる間に、一から霊的真理を学ばなければならない理由はそこにあります。

 

 

霊訓との出合い

 

十数年以上も前に「シルバーバーチの霊訓」や「霊界からの手記」「輪廻転生」などの本をすでに購入しておりました。

不思議に思いますのは、それらの本をきちんと読み始めましたのがごく最近なのであります。

 

そうした内容を受け入れる用意が、それまでは自分にできていなかったということでしょうか。

何度か手に取っては見ましたものの、いつも読む気になれなかったのを思い出します。

 

霊的な真理と出合いますには時期尚早で、まだ準備が整っていなかったと言えるのでしょう。

いまでは他のどんな分野の本よりも興味津々でありますので、その落差には驚かされます。

 

英国のホームサークルでシルバーバーチがメッセージを語り始めてから百年後に、こうして霊訓に巡り会えたのです。

人生の目的とは霊的に成長する、これに尽きますこと。

 

人は死によって肉体を脱ぎ捨てた後、霊界において本当の生活が始まりますこと。

利他愛の実践などを通して人間は成長し、永遠の旅を続けますことなど、これらを学んでいるところです。

 

 

霊的真理の探究

 

仕事柄、以前と比べまして人と接触します機会がほとんどなくなってからというもの、人との応対には消極的になっています。

今後、個人的な意志を手放して行こうとしていますのに、これと相反しますような傾向をどうとらえればいいのでしょうか。

 

敢えて自分から、周りに積極的に働きかける気力を持ち合わせていないのです。

もちろん緊急を要します状況に出合えば、率先して人々と協力し対処しなくてはならないのは当然でしょう。

 

ただ特別な事情がない限り、新たに関わりを持とうとはしなくなったのです。

どうしてそのように変わったのかということです。

 

元々の性格が内向性でありましたので、それが前面に出て来ましただけかもしれません。

あるいは必要あって内面の充電期間に入っているようにも考えられます。

 

この時期、内なる心に従いまして専念しなければならない課題があるという意味です。

その課題とは、手がけ始めました霊的真理の探究・実践でありますのは明白です。

 

 

意識の葛藤

 

絶えず起こっています、心のなかの葛藤にもっと注意を向けなくてはいけないことを知りました。

放っておきますと必ず本能の意識のほうが勝って、霊的な意識は片隅に押しやられてしまうからです。

 

気づかぬうちに欲望を満たすのが最優先になっており、霊的成長は二の次なのです。

肉体をまとっています以上、本能の力は強くて抑制しますのが容易でありません。

 

しかし難しくても努力し続けるしか、肉欲や物欲に打ち勝つ方法はないのです。

少なくともこうした心の動きに気づいていますことと、それを客観的に見つめていられるように訓練しておかなければなりません。

 

何ら抗することもなく本能の意識がなすがままに、ただ流されるだけであってはならないからです。

葛藤に気がついたときには霊的真理を学び直すチャンスととらえ直して、改めてシルバーバーチの霊訓を紐解くように教わりました。

 

欲望というものは、来ては去って行きます嵐のようなものです。霊訓に没頭しています間に過ぎ去ってしまいます。

 

 

ベストタイミング

 

いま何が一番大切でありましょうかと問われますと霊的真理を学び、それを実践しますことと言えます。

このほかにはありません。すでに三十年以上も前から、それに取り組んでおられる人たちがいるのです。

 

いち早くシルバーバーチの霊訓と出合われてその探求に邁進され、現在は活発に活動されておられます。

遅ればせながら私もようやくスタート地点にたどり着き、こうして霊的成長の道を歩み始めたところです。

 

探し求めていましたのに、これまでどうして「スピリチュアリズム」に目を留めなかったのかと不思議に思うときがあります。

まだ出合う時期ではなかったとはいえ、それまでの道は長かったような気がします。もう他のことに構う時間はありません。

 

と言って残念に思ったり焦ったりする必要のないことも明らかであり、私にとっては今がベストなタイミングと言えます。