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明確に知る努力

 

大抵のことは知っているつもりでも本当は知らないことばかりで、ほとんど何も知らないと言ってもいいかもしれません。

現代がいちばん発達しました時代と思いますのも、明らかに間違っています。

 

過去にいくらでも現在以上の発達を遂げた文明は数多くあるはずで、ただそれらについて何も知らないだけなのです。

そして人間に関しましても知っていますのはごくわずかで、未知の領域の方が圧倒的に多いのです。

 

さらに自分自身についてさえ、実は何もわかっていないのが現状であります。

自分が何のために生まれて来たのかも知らずに、霊的無知のまま人生を送って来ました。

この状態のまま死を迎えましたら、あの世に行ってから後悔しますのは目に見えています。

 

何のために生まれて来ましたかは、人それぞれであります。

自分が生まれて来ました意味さえ知っていれば、それだけで充実した人生になるはずです。

 

人生の目的が絶えず意識にありますから、道から外れたとしましても気づくことができ、元の道に舞い戻って歩めるのです。

どういう選択をしようとも、目的地に一歩ずつ近づいていることだけは間違いないのです。

 

 

無知からの脱却

 

昨日、決定した項目を始めています。もう決めたという事実が有無を言わさず、それを実行させるのであります。

初日の今日、「スピリチュアリズム入門」の読破に取りかかり、また嗜好飲料から遠ざかることができたのです。

 

しかし、これで安心してしまってはなりません。次の新たな挑戦へと、つないで行く必要があります。

忘れてならないのは外見上、自分が何をしていたとしましても、それはあまり重要ではないことです。

 

内面においてどういう意図を持ち、何を考えていますか、その方がはるかに大事なのです。

その意図とは、霊的無知からの脱却しかあり得ません。

考えるべきことは、それをどうすれば万全に行えるかという問いかけであり、その答えであります。

 

「シルバーバーチ 不滅の真理」では、こう語っています。

『霊は苦闘の中で、困難の中で、刻苦の中でみずからを磨かねばなりません。

平坦な道ではなく、困難を克服しつつ前進し、そして勝利を手にしなくてはなりません』と。

 

勝利を手にできますのは、温々とした平坦な道からではなく、危険極まりない道を歩み通したからこそであります。

 

 

真理を学ぶ環境

 

知識を得れば得るほどに、その奥の深さに圧倒されますが、同時にその知識に対する責任も薄々感じておりました。

それにもかかわらず、もっと学びたいという思いを押し留めますことはできません。

 

霊的真理への渇望は、ほかのどんなことよりも切実で重要であると認識しています。

そこまで理解できたのです。無知から脱却しますときが、自分にも巡って来ましたのを実感しています。

 

しかし戒めとしまして、いかなる真理でありましても心の奥底まで届きますように徹底して学んで行かなければなりません。

上辺だけをかじっただけで終わらせては、何の価値も得られず何も変わることはないからです。

 

真剣勝負で向き合う覚悟がなければ、真理を求めます資格はないと言わざるを得ません。

ほかの全てを捨てましても、真理を取りますという固い決意が必要とされます。

 

また、知ってしまった以上は知らなかった状態に二度と戻れず、より大きな責務も伴って来ると自覚していなければなりません。

これらの条件が整いまして、ようやく真理を学ぶ環境ができ上がったと言えます。

 

 

無知に気づく

 

自分がどれほど無知な状態でありますかに、普段は気づいていないケースが多いように思います。

致命的なのは人間そのものについてほとんど何も知らないという、その自覚がないことです。

自分自身のことでさえも、よくわかっていません。

 

ですから何のために生まれてきたのかを知らず、ただ食べるために生きているのが現状です。

ときどきは人生について考えてみますが、限られた思考力と知識の中では納得の行くような結果は得られないのです。

 

そうした中で、自分が霊的に無知でありましたのに気づけましたのは、何と幸運でありましょうか。

霊的真理に目覚めて霊的に成長して行きますにつれて視野は広がり、必要な知識も得られるようになるのです。

 

こうして生かされていますこと自体が常に見守られ、愛されています証拠と言えます。

人間の成長というものに限界がありませんので、どこまでも、より高い境地へと行けるのです。