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霊的視野を養う

 

実際に何が霊的成長にとって妨げとなりますかは、わかりにくいものがあります。

当面はこの識別します目を養って行く必要がありそうです。

 

いずれは生活の全てに渡って点検しなければなりませんが、気がついたところから改めて行くことになります。

目下、霊的知識に関しまして徐々に把握するように努力しております。

 

19世紀半ばから始まりましたスピリチュアリズムは、今後数百年以内に地上世界に浸透して行きますのは確実だと思われます。

時期の問題に過ぎず、いずれ地上界は本格的な霊界での生活への準備期間として広く認識され、霊的人生を歩む人々が加速度的に増えて行くことでしょう。

 

社会全体は今とは大きく異なった様相を帯びているでしょうし、画期的な諸制度に置き換わっているのは間違いありません。

霊界と同じように霊的な世界となって、霊的文明に生まれ変わるのです。

 

 

霊的成長の道

 

いま取り組むべきは三大霊訓と言われています各霊界通信を読み解くなどして、スピリチュアリズムについて学んで行くことです。

19世紀半ばから今日まで、スピリチュアリズムに関連します霊界からの働きかけは実に絶妙でありまして目を見張るものがあります。

 

こうした真実を知り得ました幸運を噛みしめております。

自分が霊的な存在でありますのを、ずっと知らずにいましたのが信じられないくらいです。

 

記憶の中で霊性に関しましてぽっかり空いたところを、しっかりと埋めて行かなくてはなりません。

もう、そのほかの小事に構っています時間はないのです。

地上世界を生きるとは霊的成長の道を切り開き、歩んで行くことにほかなりません。

 

 

霊的存在であること

 

自分という存在が肉体をまとった霊的存在であるのは、何となくわかってまいりました。

この自分が霊的な存在であるとは一体、どういうことなのでしょうか。

 

ある目的を携えて物質世界に降り立ち、そこで必要な体験を積むために一時的に肉体という衣をまとったということでしょうか。

しかし生まれ出た瞬間に、そうした全ての記憶は消されてゼロの状態から人生を歩み始めたわけです。

 

そして、いまようやく本来の自分という存在に目覚め、その目的などを思い出そうとしているのだと思います。

これまでの自分には想像も及ばないほど、遙かに大きな可能性を秘めました本当の自分というものが潜在意識でありました。

 

霊的存在であるとは、大霊から永遠の生命を授かった存在と言えるでしょう。

それに伴い、霊的な成長を限りなく続けて行く存在でもあるのです。

 

 

自己のコントロール

 

人生の大半を「自己成長」にこだわり続けて来ましたのは、どうしてなのかがようやくわかり始めました。

すべては「霊的成長」へ至るように、という守護霊の導きであったのです。

 

この人生で本来、歩むべき道にたどり着き、当初の任務を果たせる状況がようやく整ったことになります。

まずこれから取り組むべき課題は、霊主肉従と言われる段階になれますように自己をコントロールしなければなりません。

 

本能の赴くままに行動していましたのを、霊的成長に照らし合わせて行動しますように改めて行くことです。

自己中心的な言動を利他愛に沿ったものに変えて行くということでもあります。

急には難しいですが、徐々にその方向へ進むために意識しているところです。

 

 

大霊と守護霊

 

地上世界ではなかなか実感しにくいことでありますが、死後の世界においては誰もが万物の創造主との結びつきを顕著に感じられると言います。

霊界の人たちは大霊の愛の恩恵を四六時中、受けているのが痛いほどわかると言うのです。

 

今後、霊的視野を養って行きますには、地上界にあっても同様の大霊の愛を一身に浴びていますことを、意識して感じ取る態度を持ち続けますのがとても重要な気がいたします。

 

そもそもスピリチュアリズムに出合いまして、ようやく確信できましたのが死後の世界と守護霊の存在でありました。

この守護霊に対しまして日頃の導きへの感謝を示すと共に、霊的成長へ向けての協力を自分から要請して行くことの大切さに気づけたところです。

 

 

学びと実践

 

スピリチュアリズムの思想について取り上げましても、とても奥が深くて理解しますには相当の年月をかけて学び通さなくてはなりません。

そこで得た知識を実際に実践して行く過程で、はじめて霊的真理への理解の端緒がつかめて来るのです。

 

まず霊的にはまったく無知な状態であることを自覚し、人間および社会が抱える諸問題を霊的な観点でとらえる練習を積んで行かなくてはなりません。

物質欲を満たすことや自己本位の考え方を改めない限り、真の平安と幸せは決して得られないのを率直に受け入れる必要があります。

 

地上人生の目的や死後の世界について知った以上は、知らぬ存ぜぬで、これまでの生き方のままでは済まされなくなりました。

魂が求めます霊的成長に取りましては、喜ばしい状況を迎えたと言えます。

 

 

 

 

霊的成長に専念

 

人間の霊的成長にとって、この地上世界はどのような役割があるのでしょうか。

ある意味では、霊的成長しますのに、これ以上の難しいところはないと言えるほどの場を、人間のために用意されたかのようです。

 

そこで生まれ落ちてから、その大変さや苦しさを味わう中でこそ、魂は磨かれると言われます。

簡単に行かないからこそ知恵を絞り、あらゆる努力を傾けて切り抜けて行こうとするのです。

最後まで決してあきらめずに自分のやれるだけのことを行う、これが大切でありました。

 

成長を妨げるものはことごとく捨て去り、別にどうでもいいものはすべて退けて行かなければなりません。

そして一番大事な霊的成長に専念する日々を確立して、歩んで行きますのが地上人生の唯一の目的でありました。

 

 

二元性の世界

 

この地上世界は、ものの善悪や寒暖、光と闇などの二元性を体験するには絶好の場だと言えます。

それに加えまして、一定範囲内での自由意志が行使できる世界でもあります。

 

否応なく、道理にかなうとはどういうことなのか、光がないとはどういう意味なのかが学べます。

愛と恐れについても骨身にしみるほどに味わうことができます。戦争の悲惨さや平和の有り難みが痛いほど、わかる世界にいます。

 

道を誤ったり間違いや失敗をおかしたりして、悪戦苦闘の日々を過ごすこともあります。

そうした中で、もしいかなる希望も見出し得ないとしましたなら、自暴自棄におちいっても仕方がない面もあります。

 

人間が霊的に成長する上で、これらすべてはどのように役立っていると言うのでしょうか。

死後も生命が存続しますからこそ、どんな困窮にも耐え得る力も湧いて来るように思うのです。