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恐れるものはない

 

死後の世界を信じますことで死を恐れる理由がなくなり、たとえ何が起こったとしましても平気でいられそうなのです。

これまで死ぬことほど恐ろしいものはなかったのですが、今やいつどこで死のうとも別に構わなくなったのです。

 

いつも自分の言動に、責任を持っていさえすれば大丈夫なんだと思うようになりました。

地上界のどのような出来事や物事には、適度な距離を置いて眺めますように努めているところです。

 

永遠の時間をどのように使って、霊的成長をめざして行きますかを考えるだけなのです。

その第一歩としまして、利己愛に走らないように充分に注意しながら、自分の利己的な行動に歯止めをかけて行きます。

 

買い物をします場合には自分のことよりも、家族が気持ちよく生活できますように考えて買うようにします。

常日頃から、他者に気を配りますように心がけて参ります。

 

 

霊的成長の道 2

 

スピリチュアリズムによりますと、人生の目的は魂を成長させることにある、と言われています。

魂の成長と言いましても、それはどのような道なのでしょうか。また、どのようにして歩んで行けばいいのでしょうか。

 

それについて、もっとよく考えて行かなければなりません。霊的成長にふさわしい場所としまして、この地上世界があると言います。

人間が肉体をまとい人生を生きていますのは、ひとえに魂を成長させるためであったのです。

 

しかし、こうした肝心なことを何も知らず、肉体本能や物質欲を満たすことに、うつつを抜かして来ました。

霊的成長の道とは、どのような道なのでしょうか。

 

ひとつには人生の様々な場面において、利他愛を実践して行くことだと言われています。

なぜ、利己愛ではなくて利他愛なのでしょうか。そこがわかっていませんと、実行に移せるものではありません。

 

 

人生は短い

 

どんなに長く寄り道をしましょうとも人間であります以上、いつかは霊的成長の道を歩み続けます運命にあるようです。

最終的に目指すべきところは、すでに決まっているということなのです。

 

ほかにやりたい事柄があります内は、それを手放して忘れ去るのはとても難しいものです。

無理に押さえつけようとしましても欲求不満に陥るだけでして、そんな状態ではどんな崇高なこともできません。

 

やり残しがないように、やり遂げたい目標や望んでいます夢などを思う存分に追い求め、叶えればよいのです。

そして、もう十分にやれた、飽き飽きして来たと言えるような境地に至りましたら、そこから霊的成長をスタートさせればいいのです。

 

ただし、この地上で個々に与えられています時間はわずかであり、人生はあっという間に終わってしまうものです。

この世を去りますときになって、人生を本当に価値のあることに費やさなかったと後悔しても遅いと思うのです。

 

 

霊的真理の学び方

 

自分は霊的存在でありますことは頭の隅にあるのですが、だからどうなのか、どうすればいいのかがまだよくわかっていません。

人生の目的は霊的成長にあるのですが、そのための計画や目標というものを持たずにいますから、こういう状態になるのでしょうか。

 

霊的真理の学習にしましても特に取り決めていませんので、思いついたときにあるところを学んでいるというのが現状であります。

少なくとも学習のアウトラインだけでも決めておいた方がいいのかもしれません。

 

テキストとしまして、スピリチュアリズム普及会の「スピリチュアリズム入門」「続スピリチュアリズム入門」「シルバーバーチの教え」を使い進めています。

一通りは読み終えておりますが、再度メモを取りながら学ぼうとしているところです。学習の進め方にも創意と工夫が欠かせないようであります。

 

 

未知の「本当の自分」

 

この地上での人生の目的が明確になりましてから、日常で遭遇します問題はどれも些細に見えて、どうでも良いように思えるのです。

そうした問題で悩むことはなくなり、しばらくしてから自然に最善の方法へとたどり着いているのです。

 

霊的に成長しますとは、どういう意味なのでしょうか。ひとつでも多く、未だ知らない真実に気づいて行くことでしょう。

例えば、未知の「本当の自分」についてです。いまの自分が知らない、別の自分というものが無数にあるということです。

それらすべてが「本当の自分」という存在の構成要素なのです。

 

死を迎えて肉体の束縛から解放された霊体となって、はじめて本来の自分に目覚めて生きて行けるのです。

地上世界で肉体をまとって生きています限り、本当の自分に出合うことはあり得ないのです。

 

いま認識しております自分とは、「本当の自分」の極々一部分でしかありません。

しかしながら、今生では限られた知性と知識、能力などを最大限に活用してやって行くしか方法はないのです。

 

 

意識の葛藤

 

絶えず起こっています、心のなかの葛藤にもっと注意を向けなくてはいけないことを知りました。

放っておきますと必ず本能の意識のほうが勝って、霊的な意識は片隅に押しやられてしまうからです。

 

気づかぬうちに欲望を満たすのが最優先になっており、霊的成長は二の次なのです。

肉体をまとっています以上、本能の力は強くて抑制しますのが容易でありません。

 

しかし難しくても努力し続けるしか、肉欲や物欲に打ち勝つ方法はないのです。

少なくともこうした心の動きに気づいていますことと、それを客観的に見つめていられるように訓練しておかなければなりません。

 

何ら抗することもなく本能の意識がなすがままに、ただ流されるだけであってはならないからです。

葛藤に気がついたときには霊的真理を学び直すチャンスととらえ直して、改めてシルバーバーチの霊訓を紐解くように教わりました。

 

欲望というものは、来ては去って行きます嵐のようなものです。霊訓に没頭しています間に過ぎ去ってしまいます。

 

 

失敗から学ぶ

 

シルバーバーチの霊訓などの霊界通信から霊的知識が得られ、知識には責任が伴うことも学んだばかりですのに食べ過ぎたり、人との接触を避けたりしていますのが現状です。

学んだと言いましても、まだまだ浅い理解でしかないのを痛感します。

 

実践して行かなければ、せっかく得ました知識もドブに捨てているようなものです。

この地球という物質世界は、人間が失敗を通して学び、霊的に成長する場所として造られたと言われています。

そういう意味では、失敗にめげずにチャレンジしますのが大切でした。

 

失敗よりもチャレンジしようとしない方が問題でありました。シルバーバーチの次の言葉を思い出します。

『間違いを犯す人間だから、地上に来ているのです。しくじっては、そこから教訓を学ぶのです』

 

もしも間違いを犯さない人であったなら、この地上にはいないはず、とも言っていました。

何度しくじったとしましても、あきらめずに努力しますことが肝心でした。

 

 

霊的成長を念頭に

 

死後の本格的な人生に備えて、地上ではどのように生きて行けばいいのでしょうか。

何よりも、霊的成長につながる考え方を念頭に置きます。

これまで確固とした指針を持っていませんでしたので重要な場面ではいつも迷い、誤った選択をして来ました。

 

そのときどきの気分に任せて、とかく安易な方向へ走りがちです。

先般、空腹に耐えられなくなって、間食をしました挙げ句に食べ過ぎるという愚行をおかしました。

 

今後は肉体本能に突き動かされることから脱しまして、霊優位の状態を保つように心してまいります。

日常生活のあらゆる面において、霊的視野で眺めて行くことを始めます。

 

地上でのどんな困難な状況も去り行くものであり、味わいます苦しみもつかの間に過ぎないのです。

物事を損得勘定で考えましたり短絡的にとらえましたりと、こうした霊的成長を妨げる行為には充分に注意します。