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無条件の信頼

 

数年前のNHK大河ドラマ「真田丸」の中で、次のように語っていました。

先が読めない時代でありますからこそ、いまを必死に生きるしか道はないのです。

 

この言葉は現代におきましても、十分に通用するのではないでしょうか。

つまり、いつの時代でありましても先を読みますのは困難きわまりない、それが実情と言えましょう。

 

ですから先を案じますよりも、いまやれますことに全力を傾ける、それ以外に進む道はないとわかるのです。

どこまでも自分を信じて、突き進んで行くのみであります。この自分自身を見限ることがあっては決してならないのです。

 

この世で生を受けています限り、何がありましても最後の最後まで自分という存在を信頼しつづけるだけです。

自分を信じ切るという思いに、どういう意味を込めればいいのでしょう。

 

この自分自身の本質の部分を信じて、ありのままを精一杯に生きます。

いまもこうして私を通しまして、脈動しております大いなる存在を感じており、無条件の信頼がそこにはあります。

 

 

本質に立ち帰る

 

いま自分が認識しております宇宙の成り立ちに関して右往左往します前に、もっと自分自身について承知しておく必要があるように思います。

自分の本質は何かと問いますなら、間違いなく魂だと言えそうです。

 

それが肉体をまといまして、物質世界という造られた枠内で様々な体験をしています。

また魂は愛に基づいたエネルギーだと言われており、魂であります自分はすべてとつながっているのです。

 

それらを踏まえ、確固とした意識状態で在り続けるのがもっとも重要なことです。

よほど気を付けていましても何か不快な出来事や刺激に出会いますと、いとも簡単に揺れ動いてしまうのです。

 

いまの状態がまさしく、それなのです。

もし驚きますような説がその通りだとしますと、これまで事実と受け取っていましたのは仮説であるかもしれない、ただそれだけのことなのです。

 

真実とはあらゆる可能性であるわけですから、特定の考えに固執しますことこそ避けなくてはなりません。

そうかもしれませんし、そうでないかもしれないと受けとめ、物事に中立的な態度で臨みますのが無難と言えそうです。

 

 

かけがえのなさ

 

今朝、気づいたのですが、車を運転中に愛を意識していますだけでも十分に、周りを配慮した慎重な運転をやっておりました。

向こうから車がこちらに迫って来ますとき、そのものの脈動感が伝わってきまして思わず身震いしましたのは、自分の本質も愛であるからでありましょう。

 

さらに思い至りましたのは、普段の日常生活におきましてこそ、常に愛を意識しますことの大切さでありました。

そうした気持ちを持っていますと、何もやっていないときに時々感じていました、言い知れぬ寂しさとか孤独感からも解き放たれるのを知りました。

 

不足とか欠乏感が生じて来ないのにも気づき、愛という偉大な力のその一端に触れたように思われまして、感謝の念に打たれました。

どうしてこんなに大事な心がけを、いつの間にか忘れてしまったのでしょうか。

 

一時的にせよ、忘れる必要があったからなのでしょうか。そうとしか、思い当たらないのです。

なぜ、忘れなければならなかったのでしょうか。先ほど感じましたような愛の偉大さ、かけがえのなさを実体験で学んで知る上で忘却は不可欠だったのでしょう。

 

自分はもう、そのことを十分に知り尽くしましたと、天に向かって断言できればいいのですが、まだまだ言える状況ではありません。

自分が学びの途上にありますのをここで再認識し、もっと学び取ります決意を新たにするのでした。

 

 

体験者と観察者

 

自分自身の本質とは、何でしょうか。

いまの自分は、いつも選択に迷っていたり間違いをおかしたりしまして、完璧には程遠い生き方をしています。

また、思い通りにいかないと落ち込んでみたり、たまに良いことがありますと喜んだりしているのです。

 

しかし、迷い落ち込んでいますのは、ほんとうに自分なのでしょうか。いったい誰が迷い、落ち込むと言うのでしょうか。

実は、自分自身といいますのは本質的に完全でありますので、自分と思えます架空の分身を仕立て上げたのです。

その者が間違ったり、悩んだりしていると考えられます。

 

本来は、第三者的に眺めていますだけだったのですが、直接に体験したくなって来たのであります。

それでその者と一体になりきりまして、自分があたかも間違ったり喜んだりしていると思い込むように、振る舞って来たのです。

 

例えば、失敗や成功というものを体験するには、まず不完全な状態になりまして味わう必要がありました。

完璧なままでいましたら、失敗しますこともなければ、成功とはどういうものかもわからなかったからです。

そして、そうしたことを続けて行きますうちに、自分の本質が何だったのか、わからなくなってしまいました。

 

それでも本質を失ったわけではありませんので、ときに無意識に感じ取りましたり、突き動かされましたりします。

十分に体験し尽くしましたなら、そこから離れる術を学んで行かなければなりません。

ほんとうの自分とは限界のない無限の存在でありますことを思い出して行きますには、どうすればよいのでしょうか。