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幻想の世界

 

霊界通信などによりますと、この地上界とはつかの間の世界であり、あの世での生活を送るための準備期間であると記されていました。

死後に訪れます霊界におきまして、はじめて本当の人生がスタートするのだと思っておりました。

 

ですから、これまで死後の世界について、できるだけ学ぼうと努力して参りました。

ところが、ウィングメーカーの「ネルダ・インタビュー5」を読み返していましたら、とんでもないことが書かれていたのです。

 

死後の世界も物質界と同じ幻想の一部であり、プログラムされた世界に過ぎないとあるのです。

この世とあの世も本当の世界ではないとの指摘に、即座に信じるか信じないかはともかく、とても困惑してしまいました。

 

いったい何が真実なのかが、わからなくなって来ますのも正直なところです。

果たして、この幻想から抜け出す方法はありますでしょうか。

 

たとえ、それがとても困難な道だとしましても、幸いなのは幻想である事実に気づける機会を得ましたことであります。

すべてが現実のものに見えるようにプログラミングされていますのに、それを知らずにいる状態を避けられたのですから。

 

 

臨死体験者

 

臨死体験という現象が普遍的なものでありますのは、過去の諸文献でそれと類似した現象が記述されているということからも明らかではないでしょうか。

しかし、これだけ科学が発達しましても臨死体験に対しまして真っ向から否定します風潮が特に医学界方面では大きいようです。

 

実際に体験した人や間接的に聞いた人など、一部を除けば現代人は死を忌み嫌いますことはあっても、死にまつわる予備知識や死後の世界についての正確な知識を持ち合わせていません。

ですから、いざ死に直面し臨死体験に遭遇しますと、たちまち恐怖に打ちひしがれてしまうのです。

 

何も知らないことから来ます恐れで反応してしまい、頭は真っ白になって何も考えられなくなります。

それでも時間が経過しましてから、体験しました信じられない内容を内に秘めたまま何度も振り返ってみるのです。

 

緊急時の救命技術が格段に向上しましたので死から生還します人たちが増えつつあるそうです。

それに伴って臨死体験する人たちも多くいると言われています。

 

 

人々との絆

 

もっと死後の世界について知りたくて、死に関します本をいくつか読んでいます。

一つがマイケル・ニュートン著「死後の世界が教える、人生はなんのためにあるのか」、

 

ハワード・ストーム著「臨死そして与えられた二度目の人生」、

それとエリザベス・キューブラーロス著の「人生は廻る輪のように」などです。

 

死が一つの通過点に過ぎないと知ってから、暗く忌まわしいイメージを払拭できましたことは嬉しい限りです。

いま生きていますことはとても素晴らしいのですが、それと同じぐらいに死の訪れも待ち遠しいのです。

 

地上界と同じように死後の世界でも、生きて行く上で特定の人々との絆が大きな支えになっています。

更にガイドという、より進歩した導き手があらゆる人生におきまして必ず付いてくれているのです。

 

よく考えてみますと、これは何という幸運な天の慈悲深いシステムでありましょうか。

焦っては躓いてばかりいます自分に、もっと大らかに生きていいのだよ、といつも言われていますように思います。

 

 

恐れるものはない

 

死後の世界を信じますことで死を恐れる理由がなくなり、たとえ何が起こったとしましても平気でいられそうなのです。

これまで死ぬことほど恐ろしいものはなかったのですが、今やいつどこで死のうとも別に構わなくなったのです。

 

いつも自分の言動に、責任を持っていさえすれば大丈夫なんだと思うようになりました。

地上界のどのような出来事や物事には、適度な距離を置いて眺めますように努めているところです。

 

永遠の時間をどのように使って、霊的成長をめざして行きますかを考えるだけなのです。

その第一歩としまして、利己愛に走らないように充分に注意しながら、自分の利己的な行動に歯止めをかけて行きます。

 

買い物をします場合には自分のことよりも、家族が気持ちよく生活できますように考えて買うようにします。

常日頃から、他者に気を配りますように心がけて参ります。

 

 

死後の世界

 

死んだ後の人生について、漠然と思い回らすときがあります。

確かに一度でもあの世に行ってみなければ、死後の世界についての確証が持てないのは仕方がありません。

しかし、死んだら自分のいっさいは消滅すると考えます方が、無理があり受け入れ難い気がするのです。

 

霊魂の不滅とか霊的な事柄に関して、古代からの言い伝えや膨大な文献類が物語っていますことが全て偽りとは考えられません。

死んでも生き続けると思う方が自然ではないでしょうか。

 

そうあって欲しいという希望的な見方かもしれませんが、授かった永遠の命をどこまでも信じて生きて行きたいと思うのです。

命に終わりというものがありませんからこそ、ひとつひとつに心を砕いて行けますように思います。

 

 

私という存在

 

死後の世界では同じ成長レベルの人たちと共有意識を持つことになります。

できれば地上界にいる内から、個人的なことは徐々に手放していくのが望ましいと思います。

 

そこで、自分固有の思考や心のあり方を今後、どのように考えていけばいいのでしょうか。

それらは排除していくべきものなのでしょうか。

 

もっともアイデンティティは将来にわたって継続されていき、どんなに成長しようがなくならないと言われています。

自分らしさというものは、いずれ人間らしさに取って代わるべきだと思います。

 

そもそも、私とは何なのでしょうか? 私という存在は思考でも感情でもなく、もちろん肉体でもありません。

映画のスクリーンのようなもので、やって来るものを味わい体験する者なのです。

 

来ては去っていきます様々なエネルギーを受けとる受信機であり、内から湧き出しますエネルギーを発する発信機と言えます。

本来、何ものにも染まらず無色透明であって純粋に観察する者なのです。それが私であり、あなたなのです。

 

 

死後の様子

 

死後の世界を知れば知るほど、今の人生を無駄にすることなく有意義に過ごしたいという思いが増して来ます。+

臨死体験をされた人たちも死後の世界に触れてから、生き方が劇的に変わりましたと「かいまみた死後の世界」、

「死後の世界が教える、人生はなんのためにあるのか」、立花隆氏の「臨死体験」などの本には書かれています。

 

どの人もそれ以降、死を恐れなくなって愛情深い心で人に接するようになったと言われています。

ですから、地上界で生きて行きますには、誰もが死後の世界についてきちんと理解しておく必要があるように思います。

 

私たち人間は、肉体がすべてではなく、肉体をまとった霊的な存在でありますことを押さえておかなければなりません。

その本体には霊の心がありまして、高度な意識活動はそこで行われていると言われているのです。

 

 

死は新しい門出

 

実に様々な方面で、たくさんの人々が死後について研究されていました。

臨死体験をした人々からの情報を基に、死後の世界を探求されましたレイモンド・A・ムーディ・Jr氏、退行催眠による生と生の間に起こることを研究されたマイケル・ニュートン氏です。

 

また、死と死ぬことについての探求者でありましたエリザベス・キューブラーロス氏、日本の心霊主義運動の先駆者でありました浅野和三郎氏などの方々です。

しかし、こうした人々の業績は最近知ったばかりでありまして、これまで私の視界には入って来ませんでした。

 

生き抜くことに関してのみ興味を持ち、死にまつわる情報には触れぬようにして来ましたので当然でした。

死について考えますのは敗北を意味し、人生を自ら降りるに等しく絶対に認めたくなかったのです。

 

スピリチュアリズム(シルバーバーチの霊訓ほか)に出合ってから、死に対して積極的なとらえ方ができるようになりました。

死は決して恐れたり忌み嫌うものではなくて、新しい人生への門出であるのですから。