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口ぐせ「信じています」

 

私が口ぐせとして、「信じています」と言うとき、それは誰に向けて言っているのでしょうか?

実際に口ぐせしてみれば、誰に言っているのか、すぐわかります。

それは、いまの自分自身に対して、言われていることに気づきます。

 

更にまた、それは誰が言っているのか、それもわかって来ます。

もちろん自分が言っているといえば、確かにそうかもしれません。

しかし敢えて言えば、いまの自分ではないのです。

 

それは未来の自分、あるいは本当の自分が言わしめている言葉でもあったのです。

思い起こしてみれば、すぐ納得できることです。

例えば、自分が大変な思いをして、何か大きな困難を切り抜けたときのことを思い出せばいいのです。

そのとき、必ず何らかの励ましの言葉が聞こえていたはずなのです。

「大丈夫!」とか「もう少しだ!」「頑張ろう!」

そういう言葉が、自然と出ていたはずです。

 

反対に乗りきれなかったときというのは、そんな言葉がいっさい出てこなかったからだと言えます。

代わりに、こんな言葉が思わず出てきたはずです。

「‥もう✕✕だ」

 

だから、自分にかけて欲しい言葉を、いかに普段から自ら言葉にするかが、とても大切だということです。

そのためには口ぐせとして、それを発するように練習すれば、やがてその言葉は自分に返ってくるようになるのです。

 

私はこうしたことをもっと知りたくて、これからも口ぐせは続けていきます。

 

 

 

 

口ぐせ「ありがとうございます」

 

運転をしながら、「ありがとうございます」を口ぐせにしてみました。

 

一番に出てきたことは、目の前の状況に対する感謝の思いです。

向こうから来る、どの車も左車線で来てくれるので、こちらは安心して左車線で車を走らせることができます。

このことから、この世が信頼で成り立っているということに、気づくとともに感謝の念がわきました。

 

その後も口ぐせをしていて、なぜ感謝するのか、その訳の1つがわかって来ました。

将来のある時点で、自分の夢が達成できたことに対しての感謝でした。

いろんな人たちの応援と幸運に対しての、「ありがとうございます」だったのです。

 

しかしすぐに、しっくりしていない自分を認めざるを得ませんでした。

ただちに夢を実現したときの気持ちになれず、すんなり納得できない状態なのです。

自分のなかで、頑として成功したように振る舞うことを受付けないところがありました。

それは例えば、これまで努力した結果、得た無力感や焦燥感にまみれた自分でもありました。

 

しばらくすると、口ぐせの「ありがとうございます」は、そんな自分に対して贈られる言葉に変わっていました。

成功を収めた未来の自分からの、感謝の言葉となっていたのです。

自分が発していた「ありがとうございます」を、今度は受け取る立場に変わっていました。

「ありがとうございます」のシャワーで癒やされていました。

「ありがとうございます」は、いまの自分にこそ、必要な言葉でした。

 

口ぐせは、自分が言葉を放つことによって、その言葉の受け手となれることでもあったのです。

 

 

 

 

 

口ぐせ「ごめんなさい」

 

「ごめんなさい」を口ぐせに運転をしてみました。

そうしたら、なぜ「ごめんなさい」と言っているのか、その理由があとでいくつも浮かんできたのです。

目の前の小さなことで、例えば信号が赤になったことで不平を言っている自分がいました。

そんな態度をとらせたことに、「ごめんなさい」と言い、直ちに帳消しにしていました。

 

また先日、ある人の話をきちんと受けとめなかったことから、誤解され立腹させてしまったことがあります。

そうさせてしまったことに、「ごめんなさい」と言っていました。

ほかにも、過去のことで至らなかったことが次々と思い出していました。

そのたびに、そのことと向き合い「ごめんなさい」と言うでした。

 

「ホ・オポノポノ」の4つの言葉のうち、今回は「ごめんなさい」を口ぐせにしてみて、その効用のひとつを実感しました。

翌日、立腹させてしまったある人の誤解が解けたという連絡をもらったことです。

それから、もうひとつ「ごめんなさい」の口ぐせで気づいたことがあります。

 

この人生で目的を果たし終えるのは、ほぼ決まっており、日々それに向けて出来事が展開しているという考え方があります。

そのことを忘れて、目の前のちょっとしたアクシデントに反応している自分に、何度も気づかされたことです。

未来で、人生の目的を果たし終えた自分を信じずに、それを疑うことから、いろんな問題を自分でつくっていたのです。

 

この「ごめんなさい」は、未来の自分に対して、もう二度と疑ったりはしません、という約束の言葉でもありました。

 

ホ・オポノポノ 2

変えられるのは自分だけ

 

自分はいくらでも変えられると思っています。自分が納得すれば自由自在に自分って変わるものです。

それで自分とは何かといえば、私とは可能性だと思います。自分がどんなに否定しても自分とは無限の可能性をもつ存在だと思います。

 

心から願うことを一つに決めて、それに向けて一歩を踏み出し行動を起こしさえすれば状況も自分も変わって行くものです。

問題はどれだけの熱意をもってその行動を続けられるかで、未来の自分のために今の自分を捨てられるのかが試されます。

 

もじもじする自分、言い訳をするような自分は捨てればいいです。もともと人間というものは変わるものです。

変わるまいとするほうがむしろ疲れます。どんどん捨て去って身軽になって変わっていけばいい。他人や状況を変えるのではないということです。