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心からの感動

 

この人生において私が心から感動しました体験とは、いったいどんな体験だったのでありましょうか。

まず上げられますのが、中学生のときにクラシック音楽なるものを初めて聞いたときです。

 

一生忘れることのない「運命」との出合いでありました。

大阪梅田の本屋さんで何気なく買いましたのが、あのベートーベンの交響曲第五番のディスクシートでした。

 

音楽を聴きまして、あれほどの感動を覚えましたのは生まれて初めてでありました。

聞き終わるまでに35分ほどかかるのですが何度、聞きましても心が高揚するのでした。

 

当時、姉が購入したステレオ機器の前に座り無心になって耳を傾けますのがその頃、大きな楽しみでありました。

その後、さまざまな作曲家のクラシック音楽にも興味が移って行き、次々と有名な曲に聞き入るのでした。

 

私の人生でクラシック音楽の鑑賞はなくてはならないものになりました。

多難な思春期の時代にありまして、音楽にどれほど癒やされ慰められましたことでしょうか。

 

 

他者あっての自分

 

やはり好きな音楽をもっと聴きたいですし、素晴らしい映画も見たいです。

これって利己的な行動と言えるのでしょうか。利己愛に走っていますようには思えません。

 

もちろん利他愛につながるわけでもありません。ただ無性にそうしたいという欲求がそこにあるのです。

これを人と分かち合えれば、申し分のないことであります。

 

お気に入りの音楽を堪能しますというのは、そこに無条件の明け渡しがあるように思います。

音楽と一つに溶け込むぐらいになる瞬間があるのです。

 

生演奏に接しますような、スピーカーから流れます重低音と温かみのあるサウンドに触れますと心が洗われます。

一人で悦に入っていると言われそうですが、本当はみんなと一緒に聴ければその方が何十倍も楽しいことでしょう。

 

しかし、好みのレベルの段階では人それぞれ違いますから、得ます感動も異なって来るように思います。

最終的には自分にふさわしい聴き方しかないのではないでしょうか。他者を思う自分だけは捨ててはならないのです。

 

 

自分の捉え方で状況が変わる

 

ワンネスという言葉があります。私たちは1つだという意味ですが、これをただ知っているだけに留めるのか。

実感しその通りだと知っているのとでは全く考え方、行動が違って来ることをいま経験しています。

 

宇宙にはたった1つの「わたし」しかいない、このことの意味するところを真に理解すれば、身震いするほどの感動が生まれます。

この広大無辺な宇宙の中にあって、わたしは唯一無二の存在だということ!そのわたしが世界を創りあげている!

 

これがどれほどの意味深さ、尊さを表しているのか、語り尽くせないほどのものをビシビシ感じられるかどうかなのです。

 

 

人とどう関わって行くか

 

例え自分1人でどんなことが出来たとしても、そこには自己満足があるだけで、真の感動は生まれて来ないと思います。

人は他者と一緒になってやり遂げた時とか他者と共有し合えた時に大きな喜びを感じるようにできているように思われます。

 

また人は、人との関わりの中でしか成長できず、それは他者を鏡にしてしか自分を知り尽くすことができないからだと思います。

結局どんな人生にして行くかは、どういう人とどう関わって行って、自分はどう変わって行きたいのか、ということでもありました。