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豊かさを求める

 

この宇宙が生まれました理由のひとつは、より豊かさを追求するためではないかと思われます。

それを実現して行く媒体として人間や他の生物が創造されまして、豊かさを生み出す源泉として自由意志や創造性、想像力などが賦与されたように思うのです。

奴隷のように酷使されたり、操作されたりするために人類が生まれたのでは決してありません。

 

全体がより豊かになりますには、構成員の個々が創造性を発揮して豊かになり、更なる豊かさを求め続ける意思を貫かなければなりません。

それから各個人が個人の域を一刻も早く抜け出し、グループから全体へと思考の枠を広げて行きまして、知恵を最大限に働かせる必要があります。

真の個人の豊かさは全体の豊かさから、もたらされるものであるからです。

 

個人が行います第一歩としまして、信頼に裏付けられました愛を自身と周りにできる限り満たします。

そして、周りのありとあらゆる存在の本質である愛を見届けます。

どんな出来事にも意味があることを認め、それらを謙虚に受けとめます。

この人生は自分を磨く修行の場と考えますと、何が来ようとも恐れるに足らずです。

 

 

かけがえのなさ

 

今朝、気づいたのですが、車を運転中に愛を意識していますだけでも十分に、周りを配慮した慎重な運転をやっておりました。

向こうから車がこちらに迫って来ますとき、そのものの脈動感が伝わってきまして思わず身震いしましたのは、自分の本質も愛であるからでありましょう。

 

さらに思い至りましたのは、普段の日常生活におきましてこそ、常に愛を意識しますことの大切さでありました。

そうした気持ちを持っていますと、何もやっていないときに時々感じていました、言い知れぬ寂しさとか孤独感からも解き放たれるのを知りました。

 

不足とか欠乏感が生じて来ないのにも気づき、愛という偉大な力のその一端に触れたように思われまして、感謝の念に打たれました。

どうしてこんなに大事な心がけを、いつの間にか忘れてしまったのでしょうか。

 

一時的にせよ、忘れる必要があったからなのでしょうか。そうとしか、思い当たらないのです。

なぜ、忘れなければならなかったのでしょうか。先ほど感じましたような愛の偉大さ、かけがえのなさを実体験で学んで知る上で忘却は不可欠だったのでしょう。

 

自分はもう、そのことを十分に知り尽くしましたと、天に向かって断言できればいいのですが、まだまだ言える状況ではありません。

自分が学びの途上にありますのをここで再認識し、もっと学び取ります決意を新たにするのでした。

 

 

いまという瞬間

 

ふとあるとき、すべてのことを頭から追い出して目をつむり、いまという瞬間にフォーカスしてみました。

しばらくそのまま、その状態でいると、何とも言えない安らぎと充足感を感じるではないですか。

そして、ここにこそ『すべて』があるように思えたのです。

 

あらゆる迷いや不足とか不満などが一気に消え去って、心は『すべて』で満たされていることに気づきました。

心身ともに癒された思いになり、自分は何者でもないことに気づくのです。

 

それは真実の私に一番近いものであること、私という内なる宇宙にあらゆるすべてのものが在るという感覚でした。

雲をつかむような取り留めのないことだと思われるかもしれません。

でも、心を空っぽにして試していただければ、何となくわかっていただけるのではないかと思います。

 

 

愛がもたらすもの

 

生命そのものが、実は愛の表現そのものかも知れません。

なぜ自分がここにいるのかでさえ、わかっていないので、もちろん私がここで愛について書くことはできません。

ただ愛を感じることはできるのではないかとずっと思っていたのです。

 

例えば交通事故にならないで済んだ時、自分が守られていると感じつつ愛で包まれた感覚を味わうのです。

そして愛を感じられるということは、自分の中にも同じ愛があることに気づくのです。

 

この愛が源泉となって私の意志を動かし、こうして記事を書いているように思えてならないのです。