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大家族の一員

 

人のために自分を役立てることが、唯一の宗教だとシルバーバーチは繰り返し説いています。

霊界では、それが常識となっていまして、地上界でもそうなりますように何度でも述べて行くつもりだとも言っています。

 

それを単に知っていますのと、そのように生きますとの間には格段の差があります。人の役に立つようにと、幾度も思い起こして行くしかありません。

人間は肉体を通して自我を表現している霊魂だとしますと、自我というものをどのようにとらえているのかが重要になります。

 

神であります大霊から分霊をいただいて、それを宿していますのが人間と言われています。

それは取りも直さず、私たち人間が大霊を親とした大家族の一員だということです。兄弟姉妹でありますからには助け合い、協力し合いますのは当然でしょう。

 

同じ家族内で奪い合ったり、争ったりは本来できるものではないのです。そして大霊からは限りない親の愛を受け続けています。

にもかかわらず、地上においてそのことになかなか気づけないでいますのが現状です。

痛みから学ぶ

 

自分にも大霊の一部を宿していますのは何となく知っていましたが、それがどういう意味なのかを深く考えてはいませんでした。

無私の心で人に奉仕していますとき、自分を通して大霊の力が働きますことに役立っていたのです。

 

道具に徹しますとは、霊界から流れ込みます霊力の通路としましての役目を果たすことでありました。

わかったつもりでいただけで、実は何もわかっておりませんでした。

 

課題は本能のままに生きます肉主霊従の状態から、いかに本能を統御し霊的に生きます霊主肉従へとシフトして行けますかです。

それを怠りますと、自分は何ら動物と変わらなくなります。先頃も過ちをおかしたところです。

 

つい欲が出まして食の乱れが生じてしまい、毒素が身体の弱点であります首や腰に来まして断続的な痛みがあります。

この痛みから学んでいますのは、不必要な間食などを慎み主食以外は身体に取り込まないことであります。

一つの望み

 

この地上界におきましての望みは、たった一つに集約できます。大霊の良き道具となれますように、祈ることであります。

それを実践しますには、それ以外のことをいかにして手放して行くかであります。

 

人生で何が一番大切なのか、これがこれまでよくわかっていませんでした。

ですから、あれこれと手当たり次第に興味ありますものに手を出して、うつつを抜かしていたのです。

 

ようやく生まれて来ました目的がはっきりしまして、何を行うかが明瞭になりつつあります。

どうでもいいことに関わらないように充分、注意して行かなくてはなりません。

 

これまでのしがらみをどれだけ捨てられますか、それがいま試されております。

霊界の良き道具になります上で妨げとなりますものに、まず気づきましてから、それに感謝して別れを告げて行くのです。

 

 

人に役立てる

 

世界のみんなが分かち合いと友愛の精神で生き始めますには、少なくとも自らが先んじて実践していなければなりません。

難易度の点では断然、自分が行うほうが低いからです。では、どのようにして手がけて行けばよろしいでしょうか。

 

まず何をする場合にも何を考える場合でも、みんなのことを念頭においてやっていますでしょう。

自分はどのようにして役立てられましょうかと、それしか脳裏にないのです。

これは、ある意味では大霊のご意志に沿うことでありまして、大霊になり代わってやらせていただいているとも言えるのではないでしょうか。

 

そう考えますと、人々に役立つ行いにも自然と敬虔な気持ちで臨むことになります。

自分を「大霊に道具として使っていただく」のも、とても有り難いものだとわかってくるのです。

参照の本:シルバーバーチ「古代霊は語る」