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限界のある前提

 

以前と比べまして、カチンと来ましたりムキになったりすることがほとんどなくなりました。

自分を含めた全ての人たちに対して、寛大な態度で接する心境になりつつあります。

 

人間として肉体に宿ったからには、限られた知識と限定された視野でもって、しかも制限された脳でしか考えられないのです。

この物質世界での人生は数多くの失敗や誤りを犯して、そこから学び成長して行くように運命づけられているのです。

 

誰一人として、そうした制約から逃れられません。

ですから気に入らないからと言って、人に根を持ちましたり仕返しをしたりしようなどと思わないことです。

 

どのような思い込みや誤解が生じましても冷静に対処できますように自分を引き上げます。

少々のトラブルに遭遇しましても、いっさい動じない強い精神の持ち主でなければなりません。

 

もともと不完全な状態で生まれ落ち、完全さを求めまして成長を続けますのが人間の宿命なのです。

そんな境遇をすべて承知した上で人生に取り組んで行きましたら、無知のままのときよりもずっと楽しめそうです。

 

 

人々との絆

 

もっと死後の世界について知りたくて、死に関します本をいくつか読んでいます。

一つがマイケル・ニュートン著「死後の世界が教える、人生はなんのためにあるのか」、

 

ハワード・ストーム著「臨死そして与えられた二度目の人生」、

それとエリザベス・キューブラーロス著の「人生は廻る輪のように」などです。

 

死が一つの通過点に過ぎないと知ってから、暗く忌まわしいイメージを払拭できましたことは嬉しい限りです。

いま生きていますことはとても素晴らしいのですが、それと同じぐらいに死の訪れも待ち遠しいのです。

 

地上界と同じように死後の世界でも、生きて行く上で特定の人々との絆が大きな支えになっています。

更にガイドという、より進歩した導き手があらゆる人生におきまして必ず付いてくれているのです。

 

よく考えてみますと、これは何という幸運な天の慈悲深いシステムでありましょうか。

焦っては躓いてばかりいます自分に、もっと大らかに生きていいのだよ、といつも言われていますように思います。

 

 

望んだ人生

 

一宇氏の著「人生の法則」を読み進めています。この地上界をどういう風に生きればいいのか、それをわかりやすく教えてくれています。

人生には良いことも悪いこともなくて、望んだ通りの現象が起きているだけでありました。

 

そして、そうした出来事は、自分がどのような人間になるのかをサポートしますための単なる脇役に過ぎなかったのです。

様々な苦労や辛くみじめな体験というのは、自らが望んだことでありました。

 

なぜ望んだのかと言いますと、そうした体験を通じてどんな困難にも負けない強い意志を持つ人間になりたかったのです。

これまでの失敗とか間違った選択も、そのような誤りをたくさんしてそこから多くを学び、より賢明な人間になるためでした。

 

どれほど失敗したとしましても、劣等感を持ったり自分をダメな人間だと思ったりする必要は全くなかったのであります。

成功や失敗の数々は、こうありたいと思います自分になるためのお膳立てであって、当初から人生に組み込まれていたのです。

 

 

利他の心2

 

死んだ後には必ず、終えたばかりの人生全般を精算するときを迎えると言われています。

その際いちばんに問われます点は、他者にどれほどの愛で接しましたかです。

 

どれだけ高い地位に就いていましたとか、どんなに多くの財産を持っていましたとかは、いっさい問われないのです。

このことから地上界におきまして、何がもっとも大切なのかが明らかであります。

 

他者を思いやり、どんな行為をも許し、無条件に愛しますことほど永遠の価値ある行為はないのです。

自分に関します事柄から離れてただ人を思うだけでも、どれほど利他愛の境地に自己を近づけますでしょうか。

 

身近な家族の中でこそ、まず利己的な行動を慎み相手を思いやる心を育てて行くべきなのです。

他者の利益を重んじます利他の心を揺るぎないものにしますのが、この人生で与えられました最優先の課題と言えます。

 

 

恐れるものはない

 

死後の世界を信じますことで死を恐れる理由がなくなり、たとえ何が起こったとしましても平気でいられそうなのです。

これまで死ぬことほど恐ろしいものはなかったのですが、今やいつどこで死のうとも別に構わなくなったのです。

 

いつも自分の言動に、責任を持っていさえすれば大丈夫なんだと思うようになりました。

地上界のどのような出来事や物事には、適度な距離を置いて眺めますように努めているところです。

 

永遠の時間をどのように使って、霊的成長をめざして行きますかを考えるだけなのです。

その第一歩としまして、利己愛に走らないように充分に注意しながら、自分の利己的な行動に歯止めをかけて行きます。

 

買い物をします場合には自分のことよりも、家族が気持ちよく生活できますように考えて買うようにします。

常日頃から、他者に気を配りますように心がけて参ります。

 

 

理解し合う難しさ

 

先日、親しい人とメールのやり取りをしていました時、ある件を伝えますのに言葉足らずなところがありまして誤解を招きました。意思伝達の難しさを感じました。

こんな時に思ったのは、霊界のように意思が言葉を介さずともストレートに届くのでありましたら、こうした行き違いはあり得ないということです。

 

人との会話において言葉を選んで誠心誠意、伝えるという態度は大切でありますが、それでも百パーセント言い伝えられるとは限らないのです。

たとえ気心の知れた間柄でありましても、思っていますことの半分以上が伝われば、それで満足すべきではないでしょうか。

 

この地上界におきましては、人と真に理解し合うというのは、いかに困難なものでありますかを改めて思い知ります。

それに比して霊界では思ったことは何もかも即座に知れ渡るのですから、お互いをありのままに難なく理解し合えているのです。

人との親密度は、まったく地上界とは比較にならないでしょう。

 

 

コミュニケーション

 

どうして勝手な思い込みをしたり、誤解が生じたりするのでしょうか。それを防ぐには、どうすればいいのでしょうか。

相手の真意や気持ちをくみ取ろうとはせず、独りよがりなところがあるからではないでしょうか。

 

相手に対する思いやりや配慮など、心にゆとりがなければ意志の通じ合いはうまく行かないのです。

霊界であれば言葉を介することもなく思ったことが瞬時に伝わって来ますので、お互いの思い込みや誤解などはいっさい起こりえません。

 

しかし、この地上界では相手の言葉や表情などに注意を払い、誠意を持って対応しなくては相手はなかなか心を開いてくれないものです。

自分からオープンな態度で接する努力を怠れば、相手に誤解されたとしても仕方がないと言えます。

 

 

本当のことを知る

 

地上界で生きている私たち一人ひとりは、間違いなく地球家族のメンバーなのでした。

なぜなら、地球全体を見回しました場合に国同士の国境線はありませんし、ましてや個人の所有地の柵なども見当たりません。

 

暗黒の宇宙に浮かんでいます、地球という一つの惑星があるだけなのです。

そこには数多くの地球人家族が暮らしていますことが、どうしてわからないのでしょうか。

 

一度も地球視野で眺めたり、地球全体から物事をとらえたりして来なかったからでしょうか。

なぜ地球人同士が言い争ったり、憎み合ったりしなければならないのでしょうか。

 

心から相手を敬い、ことごとく相手に譲ることを常として、和やかに人と接しますことが、どうしてできないのでしょうか。

すべては無知から来るのではないでしょうか。相手に対する無知、霊的真理に対しての無知であります。

 

本当のことを知らないので腹を立てたり、相手を平気で傷つけたりするのです。

思考の大部分は、多くの思い込みや誤解から成り立っていると言っても過言ではありません。