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本や映画、実地体験などから学ぶ

蒔いた種を刈り取る

 

何年か前のNHK大河ドラマ「真田丸」を見終わりまして印象に残りましたのは、豊臣一族が滅ぶべきして滅んだのではないかということです。

このドラマでどこまでが真実なのかわかりませんが、少なくとも政争の具とはいえ、人の恨みを買うようなことばかりを繰り返していましてはどんな政権でありましょうとも長く続くわけがありません。

 

全国を統一するなど数々の功績を残しました豊臣政権でありますが秀吉の死後、一気に求心力を失って行くのも当然の結果といえるのではないでしょうか。

関ヶ原の合戦も始める前から、すでにその勝敗はついていたように思われます。

 

普段、どんなことをやっているのかを見れば、その後どういう運命をたどりますのか、わかるような気がいたします。

私利私欲から行っているのか、あるいは利他の精神でやっているのかです。

 

突き詰めれば、蒔いた種を後に自ら刈り取るだけの話かもしれません。

歴史から学べますことは、まだまだほかにもたくさんありますように思います。

 

 

人徳を積む

 

私が世の中に伝えたいことがあるとしましたら、それは何でありましょうか。

しかし、これだけは人にどうしても伝えたいというものが自分にありますのか、甚だ疑問に思います。

 

また、これといった特殊なメッセージを持ち合わせているわけでもありません。

敢えて人々に語りかけますような高尚な考えも何一つ浮かんで来ないのであります。

一つだけ申し上げるとすれば、この世で生を受けました以上は、どんな犠牲を払ったとしましてもそれを全うするといことでしょう。

 

生を全うするというのは、どういう意味なのでしょうか。

少なくとも自分の命を粗末に扱いましたり、自ら生きる意欲を削いだりしてはなりません。

何も特別なことをせずとも命が尽きるまでただ生きている、それだけであったとしても尊いと言えるのではないでしょうか。

 

富を築いたり名声を上げたりするために、一生を費やすほど馬鹿げたことはありません。

たとえどんな些細なことでも人徳を積みますのに、人生のすべてを差し出すべきでしょう。

 

 

心からの感動

 

この人生において私が心から感動しました体験とは、いったいどんな体験だったのでありましょうか。

まず上げられますのが、中学生のときにクラシック音楽なるものを初めて聞いたときです。

 

一生忘れることのない「運命」との出合いでありました。

大阪梅田の本屋さんで何気なく買いましたのが、あのベートーベンの交響曲第五番のディスクシートでした。

 

音楽を聴きまして、あれほどの感動を覚えましたのは生まれて初めてでありました。

聞き終わるまでに35分ほどかかるのですが何度、聞きましても心が高揚するのでした。

 

当時、姉が購入したステレオ機器の前に座り無心になって耳を傾けますのがその頃、大きな楽しみでありました。

その後、さまざまな作曲家のクラシック音楽にも興味が移って行き、次々と有名な曲に聞き入るのでした。

 

私の人生でクラシック音楽の鑑賞はなくてはならないものになりました。

多難な思春期の時代にありまして、音楽にどれほど癒やされ慰められましたことでしょうか。

 

 

鼠径ヘルニア4

 

日帰りの鼠径ヘルニア手術をしまして、2週間が過ぎました。経過はその後も順調かと言いますと、そうでもないのです。

幸い傷口はふさがり風呂にも入れるようになったのですが、相変わらず赤く腫れていまして、かがんだりしますと鈍い痛みがあります。

 

以前のようなヘルニアの膨らみはなくなり再発の様子もありませんので、それだけが救いです。

10日後、病院へ行きましたときには痛みよりかゆみが気になっていましたので、そう伝えましたら患部をよく洗うようにと言われました。

 

すすめられた専用のクリームを買いまして、それを毎日付けて洗っています。

いまのところ改善の兆しはありませんが、良くなりますように祈るのみであります。

 

その後、ネットで調べますと腫れは一時的なもので、1~2ヶ月すると消滅するとのことですので安心しました。

3週間後から痛みはほとんどなくなりまして、患部を手で洗いますときに治りかけのかゆみを感じるほどまでに回復しました。

 

 

体外離脱の壁

 

夜の就寝中は体外離脱しまして、アストラル界へ旅立っていると言われています。

しかし、そこで体験しました内容というのは、目覚めると同時に忘れ去ってしまうようです。

 

訓練次第では記憶を保ったまま、戻ってくることもできるそうですが、きっと何らかのコツがあるのでしょう。

ずっと以前に興味を持ちまして、意識して体外離脱できるという泊まりがけのセミナーに参加したことがあります。

 

はじめての体験で夢中になって挑戦しましたが、どうしても離脱までには至りませんでした。

また離脱を手助けしてくれるというモンロー研究所のゲートウェイ・エクスペリエンスCDなどもあります。

 

取り寄せまして数日間、それを使って繰り返しやってみたことがありますがそれでも成功しませんでした。

可能性はありましても、よほどの条件が整いませんと難しいのがよくわかりました。

 

ネット上には簡単にできそうな内容の記事が多いですが、どれだけの人ができているのか疑問に思います。

関心はありますものの、いまのところ自分から体外離脱しようなどとは思わなくなりました。

 

 

幻想の世界

 

霊界通信などによりますと、この地上界とはつかの間の世界であり、あの世での生活を送るための準備期間であると記されていました。

死後に訪れます霊界におきまして、はじめて本当の人生がスタートするのだと思っておりました。

 

ですから、これまで死後の世界について、できるだけ学ぼうと努力して参りました。

ところが、ウィングメーカーの「ネルダ・インタビュー5」を読み返していましたら、とんでもないことが書かれていたのです。

 

死後の世界も物質界と同じ幻想の一部であり、プログラムされた世界に過ぎないとあるのです。

この世とあの世も本当の世界ではないとの指摘に、即座に信じるか信じないかはともかく、とても困惑してしまいました。

 

いったい何が真実なのかが、わからなくなって来ますのも正直なところです。

果たして、この幻想から抜け出す方法はありますでしょうか。

 

たとえ、それがとても困難な道だとしましても、幸いなのは幻想である事実に気づける機会を得ましたことであります。

すべてが現実のものに見えるようにプログラミングされていますのに、それを知らずにいる状態を避けられたのですから。

 

 

プロセスを受け入れる

 

手術の後の傷口と痛みは、日にち薬で癒やされますのを待つのみです。

歩行は相変わらず、ぎこちなく予期していたとはいえ耐えて行く以外にないようです。

 

手術の翌日、症状の経過を見ていただくために来院しました。

傷口は良好で以前のような膨らみもなくなり、まったく問題がないとの先生の言葉を聞きましてホッといたしました。

 

まだしばらくは風呂に入らずシャワーだけにして、また重いものを持たないようにとの注意がありました。

手術の日、信頼をベースに臨みましたことが幸いし、人々への感謝の念が湧いてくるのでした。

 

身体へのダメージや痛みも含めまして、自分の必要なことしか起こらないと解すべきなのでしょう。

信頼に重きを置きます生き方は一日だけに終わらせず、意識的に定着させて行かなくてはなりません。

 

自分の考え方にこだわり、相手に苛立ちを感じてしまいます傾向は未だに拭えないでいます。

後になってそうした態度を取りました自分に気づき、大いに反省するのでした。

 

 

鼠径ヘルニア 3

 

手術が終わりました。信頼し委ねる気持ちでおりましたので、実際に始まりますまでゆったりと待つことができました。

病院の先生方、スタッフの方々はとても親切に応対していただきまして感謝しています。

 

全身麻酔しましたお陰で、手術は難なく通り過ぎて行きました。

その間のことは覚えていませんが、気がついたときには終わっていました。

 

それまで断続的に意識が戻り始めていましたのを、途切れがちな印象として残っています。

回復室に運ばれましてもまだ麻酔が効いていますのか、傷口の痛みはまったくありませんので安心しました。

 

その後の数時間を眠ったり付き添いの家内に話しかけたりしまして、通常の状態を取り戻して行きました。

外はあいにくの雨模様で低めの気温の中で、無事に日帰り手術を終えまして、おぼつかない足取りで帰宅いたしました。

 

前日の昼食以来ですので、格別お昼の食事が美味しく感じられました。

明日からの仕事に備えまして、残されました時間を横になってゆっくりと過ごしました。

 

痛み止め薬をいただきましたが、帰りの道中で服用しましただけで、それ以降は下半身に力が入りますときに痛むぐらいで済んでおります。