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やれる範囲内で

 

もっとも成長を遂げました段階にいますのがいまの自分なのですが、何とも心もとない心境におちいってしまいがちです。

例えば、いま感じています大切なことを書こうとしましても、なかなか言葉が浮かんで来ないのです。

 

着実に進化の道を歩んでいるのでしょうか、という不安がよぎって来ます。

しかし、この「着実に」というのが、ある意味でくせ者かもしれません。

 

人生は一直線に進んでは行かないのは、少し考えてみればわかりそうなものです。

実際、人生は紆余曲折の連続でありますのが実情なのです。

 

あの世はもちろんのこと、この世でさえも、わからないことだらけなのですから、手探りで進みますしかありません。

いくら頑張ったとしましても、いまの自分がやれます範囲内のことしかできないという気づきに至ってようやく落ち着くのです。

 

 

選択を意識する

 

自分の約束事は必ずやり通すという、けじめだけはこれからもしっかりと付けておく必要があります。

約束事とは今後、選択に迷ったときは心の声に従い、危険な道の方を選ぶことです。

 

もう一つは、以前から続けています一日の日課を黙々とやり抜きます。

特に注意しなければいけないのは、今まで決断を避けて適当に済まそうとするときが往々にしてあったということです。

 

決めなければならないときは先送りせずに、その場で心に向き合って危険な方を選択しますように努めます。

まだ誓うまでには至っていませんので、努力に委ねるしかありません。

 

本当にやりたいことというのは、ほぼすべてが危険な道でもあります。意識して選択しなければならないのです。

 

 

危険な道

 

再度、岡本太郎氏の「自分の中に毒を持て」を読んでいまして、次の言葉が目に飛び込んで参りました。

 

『危険な道をとる』

いのちを投げ出す気持ちで、自らに誓った。

死に対面する以外の生はない。

ぼくの…ポジションはその決意の実践だった…

 

安全な道をとり続けるか、あるいは危険な道をとるかを決断し、自ら誓うまでに自分を追い込まなければならないのでした。

そして決意しましたからには当然、それを実践しますことが求められます。

 

意識して選択しますときには自分の心に従い、敢えて危険な道をとってきました。

しかし、常にそうではありませんでした。まだまだ安全な道を選びます方が多かったように思います。

 

些細なことばかりでしたが、これまで決意し誓いました約束事はその後、間違いなく実践できていました。

何が問題かが、かなり見えてきましたように思います。

 

 

ハートで接する

 

テレビドラマ「仰げば尊し」を見て感動しました。

迷った時には自分の心としっかり向き合って

心に従い素直に行動しさえすれば良いんだ

と言うメッセージがとても印象的でした。

 

そして、今という時を精一杯に生きますためにも、

自分にとって夢中になれますものは何なのか、

何が自分を夢中にさせるだろうか

と問いますことの大切さを改めて知ることとなりました。

 

更に、人間は弱いものですからこそ、

いつも本気になって取り組まないといけない

ということを教わりました。

 

 

なぜ霊的真理を学ぶのか

 

霊的に生きるとは、霊的真理に沿った生き方を心がけることだと思うのですが、その霊的真理とはどういうものかが全くわかっていませんでした。

この宇宙のあらゆるもの、森羅万象に働いています普遍的な法則であり摂理のことでありました。

 

ですから本来、霊的真理に反しますような出来事は自然界では起こり得るはずがありません。

ところが人間だけが自由意志の行使できます範囲内において摂理から逸脱し、そのツケを後で支払うようなことをやっています。

 

つまり、人間は摂理に則った生き方を自ら選択して行かなければならないと言えます。

それは霊的成長につながって行く道でもあるように思います。

 

霊的真理について学ばなければならない理由も、そこにあるのではないでしょうか。

宇宙を貫いています偉大な法則、調和に満ちたその絶妙な摂理を知る特典が人間に与えられているようにも思えるのです。

 

 

ゆっくりとしか身につかない

 

新しく得ました知識は、焦らないで一つずつ日常生活で応用して行けばいいわけです。

例えば、生命は永遠に生き続けるという真理があります。

 

永遠の時間が与えられているということは、どう考えて行けばいいでしょうか。

どんな人間であっても理解して活用できるようになるまで、とことん学べるということだったのです。

 

納得の行くまで試行錯誤してもよろしいですし、そのための時間はいくらでもあるということなのです。

知識というものは行動に移してみてそれを感じ取り体験して、はじめて身につくと言われているのです。

 

 

理解し合う難しさ

 

先日、親しい人とメールのやり取りをしていました時、ある件を伝えますのに言葉足らずなところがありまして誤解を招きました。意思伝達の難しさを感じました。

こんな時に思ったのは、霊界のように意思が言葉を介さずともストレートに届くのでありましたら、こうした行き違いはあり得ないということです。

 

人との会話において言葉を選んで誠心誠意、伝えるという態度は大切でありますが、それでも百パーセント言い伝えられるとは限らないのです。

たとえ気心の知れた間柄でありましても、思っていますことの半分以上が伝われば、それで満足すべきではないでしょうか。

 

この地上界におきましては、人と真に理解し合うというのは、いかに困難なものでありますかを改めて思い知ります。

それに比して霊界では思ったことは何もかも即座に知れ渡るのですから、お互いをありのままに難なく理解し合えているのです。

人との親密度は、まったく地上界とは比較にならないでしょう。

 

 

足場を固める努力

 

新しい真理に出合い、その重要性に気づけば気づくほど、すぐにでも人に伝えたい思いに駆られます。

しかし、トニー・オーツセン著の『古代霊 シルバーバーチ 不滅の真理』には、次の一説があります。

 

自分を他の人より高め、人を教え導きたいと思うのであれば、

まずは自分自身が拠って立つ足場をしっかりと固めないと行けません。

 

人に働きかける前に、自分の足場を築き上げる努力をしなければならないのです。さらに、

徹底的に探求し試してみることを怠り、批判に身をさらすこともせずに自己満足し、

 

本当かどうかの確信もないまま人に教えを説くようなことをしていますと、

その怠慢と軽率さに大きな代償を払わされる時が必ず来ます。

と戒めています。

 

自分で納得の行くまで調べて検証してみなければ、身に付くものではないと改めて知ります。

もっと努力を重ねて、詰めの甘さを払拭しなければなりません。