主客転倒

 

何度も取り上げていますが、私とは見るものであって見られるものではないということです。

対象を自分と同一視しないように注意しなければなりません。

 

好き嫌いの感情や選り好みしますことも、いずれは手放していく必要があります。

なぜなら、実在しますのは観察する主体であります自分で、観察されるあらゆる客体には実態がないからなのです。

 

特定の事物にこだわったり愛着を感じたりしますあいだは、それを捨て去りますのは難しいかもしれません。

ただそれらは単なる対象物であって、自己とはっきり区別しておかなくてはならないのです。

 

往々にして自分に価値がないように思えてしまいますのは、価値を与える側の自分を対象物と見なしてしまうからです。

体験しています諸々のことと、それらを体験しています自分とを混同してしまうのです。

 

体験します自分という主体があってはじめて、体験します様々な客体が生じて来るということを忘れてはならないのです。