私という存在

 

死後の世界では同じ成長レベルの人たちと共有意識を持つことになります。

できれば地上界にいる内から、個人的なことは徐々に手放していくのが望ましいと思います。

 

そこで、自分固有の思考や心のあり方を今後、どのように考えていけばいいのでしょうか。

それらは排除していくべきものなのでしょうか。

 

もっともアイデンティティは将来にわたって継続されていき、どんなに成長しようがなくならないと言われています。

自分らしさというものは、いずれ人間らしさに取って代わるべきだと思います。

 

そもそも、私とは何なのでしょうか? 私という存在は思考でも感情でもなく、もちろん肉体でもありません。

映画のスクリーンのようなもので、やって来るものを味わい体験する者なのです。

 

来ては去っていきます様々なエネルギーを受けとる受信機であり、内から湧き出しますエネルギーを発する発信機と言えます。

本来、何ものにも染まらず無色透明であって純粋に観察する者なのです。それが私であり、あなたなのです。