知識と責務

 

霊的視野で見るとはどういうことなのか、それは思っていますほど簡単にできるものではありません。

普通に上辺だけを見がちなところを霊眼で見るように、ある普遍的な視点で深く見て行くことなのでしょう。

 

これは本当に「知る」とは、どういう意味かという問題にも関係して来るように思います。

限界のあります五感を使って知るのですが、本質をつかむように努力しますしか方法が見当たりません。

 

死後、永遠に生きますのに比して、つかの間に過ぎない地上世界でのどんな出来事にも、右往左往しないことです。

霊的な摂理をもっと理解して行かなければなりません。摂理に則った生き方に焦点を合わせて行くのです。

 

シルバーバーチは言います。

『知識は掛け替えのない宝です。人生の全体を視界におさめて、いかに生きるべきかを教える羅針盤のようなものです』と。

 

知識は絶えず求め続けるべきものであると言います。また、

『その知識には、責任が生じることを忘れてはなりません。

一方において知識を得れば、他方においてそれを生かして使うべき責務が生じます』

とも言っています。

責任を背負ってでも、知らないよりは知っている方を選びたいです。