情報に対する態度

 

どのような情報でありましても、それに対する態度としましては、そのまま鵜呑みにせず仮説として接して行くことが重要だと思っています。

例えば、宇宙の起源や人間の仕組みについて見ました場合にも、細かいところでは諸説が入り乱れております。

 

ですから、そうかもしれませんし、そうでないかもしれないという態度で各情報に臨む必要があるのです。

それに加えまして自分の解する能力にも限界があるわけですから、およそのことしか知り得ないのを自覚して置かなければなりません。

あとの部分は直観と想像力を使って補い考えて行くということです。

 

エベン・アレグザンダー著の「プルーフ・オブ・ヘヴン」を読んでいます。

髄膜炎で脳をズタズタに冒される中で、その昏睡状態からの帰還だけでも奇跡に映じますが、人間の生命力とその不可思議には驚くばかりです。

 

 

知見を広げる情報

 

ときどき思いますのは、自分の身体を含めてこの世にありますものは、すべて自分が無意識下で創り上げた幻想に過ぎぬのではないかということです。

実際、思った通りのものがそこにあるのではなく、そのように存在していると一方的に自分が思い込んでいるだけかもしれないのです。

 

五感でとらえた情報を組み立てて、脳内でこうであると解釈し想像しているだけではないか思います。

また五感で知り得た情報だからといって、それが真実のすべてを表しているとは限らないことです。

 

それに五感でとらえられない情報のほうが圧倒的に多いわけですから、ほとんど何もわかっていないと考えても差し支えないでしょう。

そういう前提に立ちますと、少しでも知見を広げてくれます情報を選りすぐって自ら求めて行く必要があるのです。

シルバーバーチの霊界通信は、その第一級の情報だと思われます。

 

 

自分とは何か

 

いずれにしましても、自分というものを探求して行く身であることは自覚しています。

なんとなれば、自分とは何なのかを知らずにいるのは到底できない段階まで認識が深まったからです。

 

限られた範囲内とは言え、創造者としての資質を備えていますことや自分がまいた種は自分が刈り取らなければならないということを真に理解し始めたところなのです。

なぜ人類というものが生まれたのでしょうか。どうして宇宙というものが存在しているのでしょうか。

 

その宇宙は、どのような仕組みになっているのでしょうか。宇宙や人類を何のために、誰が造ったのでしょうか。

これらは自分を知るための手がかりになるような気がするのです。

 

 

霊的な生き方へ

 

自分の置かれています状況について分かりましたのは、次の通りです。

いまは準備のために肉体をまとって地上界におりますが、いずれは肉体を脱いで霊界に入り、そこから本格的な生活が始まるということです。

 

限りなく霊的に成長しますことこそ、最高の喜びでありますのを実感するのです。

そのためにも大事なことは、この世にいる間に霊的真理について、すっかり学び終えて理解しておく必要があります。

 

また、できるだけ心を清純に保ち、利他愛の精神を基調とした生活を心がけなければなりません。

すぐにできなくとも、そのように努力しますのが大切なのです。

 

 

学ぶための代償

 

友愛の念で、なぜ人と接しなければならないのでしょうか。一つには、それが理にかなっているからではないかと思います。

どうしてかと言いますと、これまで友愛の念に反した態度でありましたが故に、様々な悩みや苦痛を味わって来たのであります。

災いを招くようなことを自ら行っていたのでした。それを学ぶための代償であったのです。

 

例えば、人間とはどういうものかについて、自分がどんなに考えたとしましても、限られた知識と知性では推し量ることのできない真理があまりに多いのです。

自分自身のことさえも、充分には分かっていないのですから、そのことに気づけただけでも幸いだと言えます。

 

みんなが幸せな社会は、どうしましたら生まれますでしょうか。

自己中心的な生き方をやめて、友愛の精神で他者のために役立とうと生き始めることだと思うのです。

 

 

日々の暮らし方

 

あの世であろうとこの世であろうと結局は、毎日をどのように生きますかが非常に重要だとわかります。

あの世の実態を一端でも知り得た者として、何よりも人の模範となるような生き方をして行かなくてはと思うのです。

 

いい加減な暮らし方をしていては居心地が悪く、とても我慢できるものではありません。

どのような生き方がベストであるかを知りましたからには、それを実践しなくてはいたたまれないのです。

 

一人のときは人の幸せを思い、祈るのを常といたします。人の役立つことが見つかれば見逃さず、丁寧に行います。

人にはいつも友愛の精神で接します。魂の声に従い、その導きに沿った生き方を心がけます。

 

 

 

この世での生活

 

子どもの頃から死んだら一巻の終わりと聞かされて来ましたので、死の恐怖にこれまで何度、おびえたでありましょうか。

死んでも生き続けるとなぜ、本当のことが大々的に語られなかったのでしょうか。

 

もし、死後も変わりなく生きて行くと知っていましたら、あんなにも恐れることもなかったろうにと思います。

それに、死別の悲しみに打ちひしがれずに済むのです。

いずれは行くことになる、あの世での生活の実態がわかっていれば、誰もがこの世でどう過ごすべきかをもっと真剣になって考えるはずです。

 

最近になって自分自身、ようやく来世の様子を真に理解し始めたところなのですが、人生のとらえ方に大きな変化が生じています。

いつも人類の行く末や宇宙の仕組みなどについて、思いをはせるまでに視野が広がったように思います。

参照の本:シルバーバーチ「古代霊は語る」