学ぶための代償

 

友愛の念で、なぜ人と接しなければならないのでしょうか。一つには、それが理にかなっているからではないかと思います。

どうしてかと言いますと、これまで友愛の念に反した態度でありましたが故に、様々な悩みや苦痛を味わって来たのであります。

災いを招くようなことを自ら行っていたのでした。それを学ぶための代償であったのです。

 

例えば、人間とはどういうものかについて、自分がどんなに考えたとしましても、限られた知識と知性では推し量ることのできない真理があまりに多いのです。

自分自身のことさえも、充分には分かっていないのですから、そのことに気づけただけでも幸いだと言えます。

 

みんなが幸せな社会は、どうしましたら生まれますでしょうか。

自己中心的な生き方をやめて、友愛の精神で他者のために役立とうと生き始めることだと思うのです。