自己のコントロール

 

人生の大半を「自己成長」にこだわり続けて来ましたのは、どうしてなのかがようやくわかり始めました。

すべては「霊的成長」へ至るように、という守護霊の導きであったのです。

 

この人生で本来、歩むべき道にたどり着き、当初の任務を果たせる状況がようやく整ったことになります。

まずこれから取り組むべき課題は、霊主肉従と言われる段階になれますように自己をコントロールしなければなりません。

 

本能の赴くままに行動していましたのを、霊的成長に照らし合わせて行動しますように改めて行くことです。

自己中心的な言動を利他愛に沿ったものに変えて行くということでもあります。

急には難しいですが、徐々にその方向へ進むために意識しているところです。

 

 

大霊と守護霊

 

地上世界ではなかなか実感しにくいことでありますが、死後の世界においては誰もが万物の創造主との結びつきを顕著に感じられると言います。

霊界の人たちは大霊の愛の恩恵を四六時中、受けているのが痛いほどわかると言うのです。

 

今後、霊的視野を養って行きますには、地上界にあっても同様の大霊の愛を一身に浴びていますことを、意識して感じ取る態度を持ち続けますのがとても重要な気がいたします。

 

そもそもスピリチュアリズムに出合いまして、ようやく確信できましたのが死後の世界と守護霊の存在でありました。

この守護霊に対しまして日頃の導きへの感謝を示すと共に、霊的成長へ向けての協力を自分から要請して行くことの大切さに気づけたところです。

 

 

学びと実践

 

スピリチュアリズムの思想について取り上げましても、とても奥が深くて理解しますには相当の年月をかけて学び通さなくてはなりません。

そこで得た知識を実際に実践して行く過程で、はじめて霊的真理への理解の端緒がつかめて来るのです。

 

まず霊的にはまったく無知な状態であることを自覚し、人間および社会が抱える諸問題を霊的な観点でとらえる練習を積んで行かなくてはなりません。

物質欲を満たすことや自己本位の考え方を改めない限り、真の平安と幸せは決して得られないのを率直に受け入れる必要があります。

 

地上人生の目的や死後の世界について知った以上は、知らぬ存ぜぬで、これまでの生き方のままでは済まされなくなりました。

魂が求めます霊的成長に取りましては、喜ばしい状況を迎えたと言えます。

 

 

 

 

霊的成長に専念

 

人間の霊的成長にとって、この地上世界はどのような役割があるのでしょうか。

ある意味では、霊的成長しますのに、これ以上の難しいところはないと言えるほどの場を、人間のために用意されたかのようです。

 

そこで生まれ落ちてから、その大変さや苦しさを味わう中でこそ、魂は磨かれると言われます。

簡単に行かないからこそ知恵を絞り、あらゆる努力を傾けて切り抜けて行こうとするのです。

最後まで決してあきらめずに自分のやれるだけのことを行う、これが大切でありました。

 

成長を妨げるものはことごとく捨て去り、別にどうでもいいものはすべて退けて行かなければなりません。

そして一番大事な霊的成長に専念する日々を確立して、歩んで行きますのが地上人生の唯一の目的でありました。

 

 

二元性の世界

 

この地上世界は、ものの善悪や寒暖、光と闇などの二元性を体験するには絶好の場だと言えます。

それに加えまして、一定範囲内での自由意志が行使できる世界でもあります。

 

否応なく、道理にかなうとはどういうことなのか、光がないとはどういう意味なのかが学べます。

愛と恐れについても骨身にしみるほどに味わうことができます。戦争の悲惨さや平和の有り難みが痛いほど、わかる世界にいます。

 

道を誤ったり間違いや失敗をおかしたりして、悪戦苦闘の日々を過ごすこともあります。

そうした中で、もしいかなる希望も見出し得ないとしましたなら、自暴自棄におちいっても仕方がない面もあります。

 

人間が霊的に成長する上で、これらすべてはどのように役立っていると言うのでしょうか。

死後も生命が存続しますからこそ、どんな困窮にも耐え得る力も湧いて来るように思うのです。

 

 

生かされ愛されて

 

この地上世界を生きて行きますのに、なぜこれほどまでに過酷極まりないのでありますのか。

それは、死後の本格的な生活への準備を行う場として、最もふさわしいということなのです。

困難な中でこそ飛躍的な学びが得られ、霊的成長が促進されるからだと言います。

 

確かに、この世界が愛を必要としていますのは事実であります。利己主義がはびこっていますからこそ、利他愛が求められています。

そして何よりも気が付いていなければいけないのは、たとえどんな厳しい状況下に置かれましても、自分は生かされ愛されていますことです。

 

それを絶えず意識して、感じ取って行かなければなりません。

どのような間違いを犯したとしましても、決して見捨てられることもないのです。

 

 

地上世界の目的

 

死後の世界について知れば知るほど、この地上世界がいかに過酷で制限に満ちていますかがわかって来ます。

あちらでは永遠の若さが保たれ、病気や疲労はなく飲食や睡眠も不要だと言われているのです。

 

思ったことはすぐ現実化しますので、そのためのお金は必要がなくなり無理をして働くこともありません。

芸術やスポーツなどあらゆる分野で、自分の好きなことがやりたいだけやれると言います。

その美しさや水準は、地上の比ではないと言われています。

 

行きたい場所へは瞬時に行けますので、車や飛行機などの乗り物はいらなくなっています。

こうした地上生活との違いには驚くばかりです。

生きる上で非常に困難な地上世界というものは、いったい何のためにあるのか、逆にそれが不思議でなりません。

 

 

スピリチュアリズム

 

死後の世界がありますことを大半の人たちは気づいていません。それを信じていますのは、ごく一部の人たちだけでしょう。

自分自身も最近になりまして、その存在を確信できますまでになりました。

 

そういう意味では信じていない人たちが多いのも、少しも不思議でないようにも思えます。

それまで死後のことについて関心はありましたものの、それに関連した書物を読んでみましても、本当にそうなのだろうかとずっと半信半疑の状態でありました。

 

しかし、シルバーバーチの霊訓をはじめとします一連のスピリチュアリズムに出合いまして、語られています内容に心を打たれたのです。

まさに知りたかったことが詳しく書き記されていました。

それ以来、私に取りまして死に関します恐れは全くなくなってしまったのです。