内なる魂と対話

 

「(神のメッセージは)本気で耳を傾ければ、必ず聞こえてくるはずだ。本気で聞けば、無視することはできない。」

と「神との対話」では続きます。

なぜ、今まで聞こうとはしなかったのでしょうか。別に聞く責任はありませんし、受け取る責任もないと確かに思っていました。

 

もし

「神のメッセージを受け取ったと認めれば、自分で考え、実行する責任が生じる」

からでありまして、まさに図星です。

ですから

「神の言葉は誰かほかの人が聞いていると決めつけ、その人たちの言うことを聞いている」

だけでありました。

 

どうして自分で考えようとはしなかったのでしょう。もちろん、他人の解釈を聞いているほうが楽で安全だということも考えられますが、それだけではないような気がします。

「神は特別な方法で、特別な人にだけコミュニケートすると信じて」

いたのです。

 

何よりも自分に神が語りかけているとは、まったく露ほども思えなかったことです。

神というものは、はるか雲の上のかけ離れたところにいる存在としか認識していなかったからです。

自分にも神性を宿しているかもしれないと知ったのは、ずっと後になってからです。

 

そして今ようやく、内なる魂とのコミュニケーションを実感したばかりで、

「この瞬間にも受け取っているかもしれない、神のメッセージを理解しようと努力」

し始めたところなのです。