人生を選ぶ

 

 

● 本音で生きる

 

やることがいっぱいあって何をしていいのか、わからなくなったとき、次の言葉が浮かんできました。

「あと一ヶ月の命だとしたら、何をしたいか?」

愛で生きることを呼び起こす言葉です。

 

いつも氣をつけることが、自分の心は愛と怖れのどちらで満たされているのか、に氣づくことでした。

自分でも氣づかないうちに、怖れから次の行動を選択している場合がたくさんあったからです。

 

例えば、私は小さな組織の代表として、ある団体の会合に出席していたときです。

事情により半年後、組織を解散することが決まっており、それはその団体も承知していました。

年間の活動費を負担する話になったとき、払ったお金がムダになるという怖れから、半額だけなら出すと言って反発を受けました。

もし私の心が愛で満たされていれば、半額は寄附として氣持ちよく全額を払ったと思うのです。

 

自分が本心で生きているかどうかを知るためには、どうすればいいのでしょうか。

自分の行動をよく観察して、できるだけ早くそれに氣づくことでした。

 

さっきの例で言えば、対立を招くような行動をとったということは、怖れが介在していたわけです。

本音では生きていなかったとも言えます。

もし本音生きていれば、行動面にも本心である愛がそこに現れていたからです。

 

誰もが本音で生きたいと願っています。

そのためには、愛と怖れのどちらの行動を選択しているかチェックすることです。

もし、愛から外れていることに氣づいたら軌道修正します。

もっとも効果的な方法は、あの「余命あと一ヶ月としたら、どう生きたいか」を問うことです。

 

● 今の状況は、これまで選択してきた結果である

 

今の自分のまわりの状況というのは、これまで自分が行ってきた選択の結果でもあります。

しかもその選択のほとんどが自覚しないまま、反応的に選択して来た結果なのです。

大切なことは、このことを知ったあと、どう選択して行くかということです。

 

これまで通りに生きて行くのか、あるいは今までとは違う選択を取って行こうと決意するか、そのどちらかです。

もし望んでいた結果が実現せず、その方向に進んでいなければ、明らかに今までの選択が間違っていたのです。

 

例えば、私はずっと豊かになりたいと望んでいました。

しかし、その結果を得るために必要な行動をやって来たのかと言えば、そうした選択はして来ませんでした。

だから当然の結果として、豊かさに恵まれた状況に至っていないのです。

 

今までの考え方や行動が間違っていたことに気づいて、いま豊かさに直結することを選択しています。

同じ過ちを繰り返したくないので、意識的に選択するように氣をつけています。

 

例えば‥

豊かになりたいと、ただぼんやり思っているだけでは何も生まれない。

何のために豊かになりたいのか?  ‥豊富にあることを全身で実感したいから。

 

どんな風に豊かになりたいのか?

‥必要な物や情報がもれなく手に入り、様々な人々の考え方に触れる機会がたくさんあること。

 

なぜ豊かになりたいのか?  ‥豊かを享受し、実り多い体験にしたいから。

等々、望むことについて考え抜くことでした。

 

豊かな人生を歩むための3原則をまとめてみました。

1.選択したものを自分は経験している、という事実を素直に受けとめる。

2.何を経験したいのかをはっきりさせ、それを選び取るようにする。

3.望むような結果を得るまで意識的に行動し、無自覚な選択はしない。

 

● 今の状況は、これまで選択してきた結果である

私たちはその都度、限られた記憶の範囲内で、ある決まった認識パターンで判断し選択してきました。

しかも自覚なしに、それを行ってきました。

その結果として今の自分があるということを、素直に認めることは容易ではありません。

 

理屈ではわかろうとしても、感情的には受け入れたくないことに氣づきます。

特に、自覚せずに選んで来たという部分が、どうしても納得のいかないところかもしれません。

 

しかし、今の自分自身と状況がこうであるのは、間違いなく自分がこれまで選択してきた結果でもあるのです。

このことを100%認められたとき、もっと成長したいという意欲や生まれ変わる決意が生まれます。

その時点で、より高い視点で物事が眺められる自分にもなっているのです。

 

周りの状況や人に責任を押し付けている限り、夢も希望もない人生を送ることになります。

自分は何もせず100年待ったとしても、状況や他人は変わらないものです。

自分が変わることこそ、自分を救う唯一の道なのです。

 

自分の人生をどんなものにするかを、自分が責任をもって決めることです。

それは“自立した人間”になることです。

そうしてはじめて、周りの人たちも助けてくれるようになるものです。

 

● 歩みたい人生をつねに思い描く

 

どんな人生でも歩めるとしたら、あなたはどんな人生を歩んでみたいですか?

と聞かれたら、どう応えますか。

こんな人生を歩みたい!とすぐ言えたとしたら、あなたはすでにその人生を生き始めているのです。

 

ふだんから「どんな人生を歩みたいのか」を考えることは、とても重要です。

これまでは否定的なことばかり考えて、結果としてそんな人生を歩んできたかもしれません。

 

しかし、これから考えることが、これからの人生をつくって行きます。

望む人生を考えること自体が、理想の自分を生き始めることなのです。

自分が生きたいように生きることで、はじめて人との良好な関係も築けるものです。

 

だから、まず自分が望むこと、やりたいことを明確にします。

そして、同じことをやった経験のある人を探し出します。

そういう人を助言者として迎え入れると、様々な場面で大きな支えとなってもらえます。

 

あなたは理想を現実化していく意図をもち続けながら、これまで通り現実と向き合って行けばいいのです。

考えられる最高の人生を生きる決意をして、自分が歩みたい理想の人生を克明に描きます。

そうすると、それに応えるかのように、大きな転機が訪れます。

 

それまであきらめないで、望むことについて考え抜くことが大切です。

チャンスに出合ったら、いつでも飛び込んで行けるよう、周到に準備しておきます。

こうしたことを着実に行えば、これまでにない人生が目の前で展開して行きます。

 

● 質の高い選択肢を追い求め、最善の選択を行う

 

こんなことを考えたことはないでしょうか?

「どうして自分は、こうなのか?」

「なぜもっとカッコよく、スマートに生きている自分でないのか?」と。

 

今の自分というものをたどってみると、モノゴコロがついてからの様々な出来事が思い出されます。

その時々でどうするかを絶えず選択しつづけて、現在に至ったことに気づきます。

 

人生とは、無限ともいえるほどの『選択』の積み重ねであり、その最終結果が今の自分です。

経験したいことや何もしないという選択も含めて、いつも選びつづけて来たということです。

 

そして注目すべきは、自分が行なって来た選択のほとんどが、無自覚の内に行ったものです。

だから、不都合な状況に出合うと身に覚えのないことだとして、つい被害者の立場におちいってしまいます。

自分自らが招いた結果であることに気づけないのが原因です。

 

さらに重要なことは、自分の選べる選択肢がつねに限定されたものであるということです。

その時点で自分が持っている、知識の範囲内に限られていることです。

自分がどんな知識、どのような情報を持っているかで、その後の人生の質が決まってしまうのです。

 

もっと可能性に満ちた別の道があったとしても、それを知らなければ選びようがないのです。

人生をより良いものにして行くには、できるだけ質の高い知識や情報を持つように努めることです。

 

いずれにしても、この一瞬一瞬にも何かを選択しています。

しかも限定された選択肢の中から、経験する自分の人生を選んでいることをよく覚えておくことです。

 

● 当たり前でない頻度で、新たな世界をつくる

 

成功する人と、そうでない人との違いは何か?

それは意外なほど、単純なことでした。

当たり前のことを当たり前でない頻度で、やり続けるかどうかの違いであったのです。

 

大それた何か特別なことをやったから、成功したのではなかったということです。

成功をめざすためなら、当たり前のことを当たり前のようにやっていた生活と、きっぱり縁をきることです。

それをいつ決断して、実行するかどうかです。

 

ここで現実そのものの、とらえ方を押さえておく必要があります。

現実というものはすべての人にとって、共通の絶対的なものではないということです。

つまり70億人の人がいれば、70億通りの現実があるのです。

 

それぞれの現実は、その人独自のフィルターを通して認識されたものだけで構成されます。

そして、それらが蓄えられた独自の記憶の中で、再生されたものが現実と呼ばれるものです。

私たちは日々、自分がつくり上げた現実の中で、人生を経験しているわけです。

 

では当たり前のことを、当たり前でない頻度で行うとは、どういう意味でしょうか。

これまでの記憶を塗り替えてしまうことです。

そこに新たな現実として、新しい世界を上書きすることなのです。

 

● 自分の中に毒を持て

 

あなたは、現在の自分やまわりの状況に満足していますか?

私は今の状況には満足する気になれません。

しかしよく考えてみれば、今の状況を招いたのは、自分だったことです。

 

本当は、どんな人生を送りたいのか?

どんな人間になりのか?

自分にとって一番、大切なことは何か?

 

目先のことでなく心の底から求めていること、望むことなどについてよく考える必要があります。

こんな人間になりたい、という自分像をしっかりと持つことです。

一刻も早く自分の中に、自分自身を打ち立てること、自分に取り組むことが先決です。

 

そう思っていたとき、岡本太郎さんの著書「自分の中に毒を持て」に出合いました。

印象に残ったことは、選択を迫られたとき、楽な道でなく危険な道を選ぶという生き方でした。

実際はどうなのか、試してみたくなりました。

 

あるとき職場で、あえて大変な道を選ぶことを決めました。

いやぁー、まったく大変でした。が、そのとき氣づきました。

楽な方を選んでいたとしても、いずれは大変な選択に取り組まざるを得なくなることです。

 

だったら自分から先に選んだほうが、後で選ばされるより、はるかに余裕が持てたことです。

それ以来、一見大変なほうを選ぶようにして来て、物事は早く解決に向かうようです。

新しいこと、厳しいことに向かう生き方にこそ、何が大切かに氣づかせてくれます。

 

「安全な道をとるか、危険な道をとるか」

どちらを選んだとしても道中は異なりますが、行き着く先は同じかもしれません。

そういう意味で人生というものは、上手く吊り合うようにできています。

 

自分の中に毒を持て。

無難な道よりも、偉大な失敗が待ち受ける道を選びたい。

この言葉に励まされます。

 

● どんな人生を送りたいか

 

以前まで、こんな風にしか考えられない人間でした。

「あの人は信じてくれていないから、仕事をやる気もなくなった」

「こんなことになったのも、あの人のせいだ」

 

自分の人生をいきるというよりも、周りの人たちに頼りっぱなしの人生でした。

この人生で自分は一体どうしたいのか、という

自ら切り開いていく自覚と、人生での目標などを持ち合わせていませんでした。

 

ずっと被害者のような生き方を、してきたことに氣づいていませんでした。

問題をすべて、周りの状況や人のせいにしていたのです。

自分の人生を生きる、ということをして来なかったのです。

 

そのことに氣がつき始めたのは、一つの疑問からでした。

「なぜいつも上司とぶつかり、そこから離れることになってしまうのだろうか?」

職場を変えて、何度も同じパターンを繰り返していることに氣づけたのです。

 

その原因は自分にあったこと、衝突を招いていたのも自分であったことがわかりました。

そんな生き方でいいのか?と何度も相手を替え、教え導いてくれていたのです。

 

思わず感謝したい気持ちがどっとわき起こったのでした。

それ以来、見守られている確信と自身への信頼感が持てるようになりました。

 

自分の人生を生きるとは、人生で起こることの責任をすべて自分が負うことにあります。

起こる原因を司るのは自分だという自覚をもって生きることでもあります。

 

だから、どんな人生を送りたいかと問うことがとても大事なのです。

「自分はどんな人生を送りたいか?」

この問いは毎日、行なってもいいぐらいです。

 

鍵は自己信頼にあり!