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観察者の視点

 

なぜ自分の思考や行動などを観察することが重要なのでしょうか。

大きな問題としまして、よほど注意していませんと、自分の思考や行動などを、自分そのものと取り違えてしまうことです。

 

そして、それらを生み出しています、主体の自分自身のことをすっかり忘れてしまうからです。

ちょうど自分の肉体が、自分自身であると思い込んでしまうのと、よく似ています。

 

それがどうしていけないのでしょうか。それは、自分の考えや行いなど、そのものに執着してしまうからです。

執着しますと、それを失ったり傷つけられたりすることへの恐れが生まれて来るのです。

それで必死にそれを守ろうとしまして、異常なまでに敵がい心を燃やしてしまうものです。

 

ときには怒りにかられたり、葛藤に巻き込まれたりするのです。

自分の意見やアイデア、手柄などを簡単には手放せなくなって、頑なになってしまうものです。

争いのほとんどは、こうしたことが大きな原因となっているように思います。

 

それに対して、観察する目を養っていきますと、執着する理由がありませんので、はるかに容易に考えを変えることができます。行動を改めていくこともたやすいのです。

いつでも当事者の目線から離れて、第三者の目で物事をとらえられますので、的確な判断を下せるからです。

それに、観察者の視点をもっていますと、自分自身への道を踏み外すことが少なくなって、迷わずに進んで行けます。

 

 

自分を観察する

 

今すぐ取りかかれる問題として、黙想を生活の中でどのようにして定着させるかです。

時間的には夕方の30分を確保しています。

 

いま自分が行っている黙想をかんたんに紹介しますと、目をつむり座ったまま、身体を動かさずに心を静めていきます。

そして浮かんでくる考えや情景などをただ観察して行くだけです。

 

以前は30分以上、黙想しておりましたが、最近は15分がようやくという状況です。

時間が短くなったのは、始める前に終了時間を特に設定せず、ある程度できたら、そこで切り上げるようにしてからです。

黙想をうとましいと思っている自分の声に従い、それを許して来た結果でもありました。

 

30分間の黙想のときの効果は、それほど大きな変化はなかったように思います。

しかし、一時間以上の黙想を提唱されていますのに、30分ぐらいでは、成果が出ないというのは当然なのです。

ここまで考察して来まして、積み上げる重要性を思い起こすに至りました。

 

これまで黙想を行うことに関しては、途中でやめたくなってきてもやり通す、そんな意気込みを欠いておりました。

つぎからの黙想では、30分間は続けていきます。それを定着させてから、一時間に戻して行く予定です。

自分の思考や行動などを観察する重要性については、日をあらためて考えてみるつもりです。