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「不食が人を幸せにする」を見て

 

私には今の社会が、違いを認め合う社会だとはどうしても思えません。私が理想とする社会は、真に「認め合う社会」です。

お互いの異なった主義主張やあり方を認め合い、そうした個人の多様性を生かす社会であり、自由に生きることが尊重され奨励される社会です。

だから、食べる食べないの選択もまったく個人個人の自由であり、食べる人がいれば食べない人だっていてもおかしくないのです。

 

まだ自分は食べ物を摂らないでも生きられるレベルにまで至っていませんが、もし食べなくても
生きられる状況になれたとしたら、確実にいまとは大きく違った生き方をしていることと思います。

1日24時間の大部分を活動に投じていて、自分の能力をフルに稼働させて自己成長に勤しみ
それをリアルタイムに情報発信しているのです。

それが現実となる日も近いような気がしています。

 

認め合う社会の実現を望むには、まず自分の中にその理想をつくり上げなければなりません。
むしろ内面にこそ強固な、調和と共存の礎(いしずえ)を築かなくてはならないのです。

 

 

公平さはすべてに行きわたっている

 

ふだんの生活の中では、無意識に行動していることがほとんどだと思います。

よく考えることなく、同じパターンをくり返しているのが大半だということです。

 

例えば、仕事場に行くのに毎日同じ道を選んでいたり、買い物でも値段だけ見て安いと思ったら、つい買ってしまったりするものです。

この無意識に行っている選択に気づくことが、自分の目標を実現していく上でとても大事だということです。

 

過去に親や人から言われたまま、今も行動していたり選んでいたりしている自分をしっかり見つめることです。

そして、なぜそういう行動を取る必要があるのか、問い詰めて主体的に選ぶという習慣に切り替えることでした。

 

例えば親から、借金はするな、人にお金は貸すなと言われていたとすると、なぜ借金をしてはいけないのか、なぜ人にお金を貸すと良くないのか考えてみることでした。

お金を借りると負い目から自分が弱くなり、返さなければいけないというプレッシャーがかかるから、なるべく借りないほうがいい。

 

あるいは人にお金を貸すと返ってこないかもしれないし、お金が元で人間関係がくずれることになったりして嫌な思いをすることになるから貸さないほうがいい。

そういうことを理解した上で、借金したりお金を貸したりするのは別に問題がないように思います。

 

要するに自分の人生を生きるには、まず行動1つ1つに責任が持てるように常に意識して選択するということでした。

 

 

直感は自分の外にも現れる

 

私が考え発言し、行動していること自体が、外からのメッセージや内なる声を呼び起こしているように思います。

今の自分以上の、大いなる自分というものがいるとしか思えない、そんな境地になったことが何度もあり、私はこの自分だけではなかったのです。

 

いつもの自分を主体に生きていますが、人やものを介して自分の本質に沿った生き方を迫るメッセージを様々な形で自分に投げかけています。

普段そういうメッセージに気づくか気づかないかだけで、いい結果が出た時ってその声の通りに行動していたということだったのです。

 

賢い生き方とは、何もかもわかっている本来の自分から来る直感を生かしそれに沿った選択だけを行なうことだと思うのです。