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全てを許し祝福する心

この境地に立つと、もう人や自分が何をしようが、何が起ころうが、その本質だけが見えているだけです。

こうでなければいけないとか、これは間違っているとかいう判断やこだわりが一切なく、それらは全体からすれば枝葉に過ぎないことを見抜いている状態です。

 

その人の本心は何なのか、とらわれていることからの解放に向かうのか、益々とらわれの方向へ突き進んでいるのか。

敢えて問題にするとすれば、そのことだけを留意して関わるなり、観察すればいいということでした。

 

 

必要な情報を集める

情報不足による、一人よがりな意味づけ、
解釈ってしがちではないでしょうか?

例えば、人に何かを依頼をしてその後、
何の音沙汰もないとき
何だあの人は!と思っていると、
ずっと後になって
その人が病気で入院していたことを知って
思い違いしていたことを反省したり、

あるいはその人は
期待以上のことをしようとして
時間がかかっていたことを
後で聞かされて自分の至らなさを
思い知ることもあります。

自分が知っている
限られた情報の中で行なう、
状況の意味づけは
間違った判断をくだすことが多い
と心得た方がよさそうです。

そうすると謙虚にもなれ、
人の話をよく聞こうという気持ちにもなり、
自分がやっていることや人を
もっと観察する余裕も生まれてきます。

実際ちょっとした思い込みが
後々まで尾を引いて、大事な場面で
取り返しがつかなくなったりすることも
あるものです。

以前、私が慕っていた上司の口から
突然、自分に対して不信の目で見ているとしか
思えないような発言を聞き、
自分は信頼されていないんだと
落ち込んでしまったことがあります。

いったんそう思い込むと、
仕事へのやる気もうすれしまい
好ましくない事態へと進み、
その職を離れることになりました。

いま思えば上司の発言内容も
覚えていないほど
大したことでもなかったのです。

こうした自分勝手な思い込みを
なくして行くには、
判断をくだす前に
よく確かめて
必要な情報を集めるように
心がけることが大切だということ。

日々の体験という『学び』から
自分のあり方そのものを
変えていく以外に道はありません。