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自分を振り返る

 

昨日、求めていましたテンピオーブンをオークションで見つけまして、落札できました。

近いうちに商品が届く予定でありますが、今日は朝から何か落ち着かないところがあります。

どうしてそうなのか、自分の思いをたどってみました。

 

先日、台風の影響で早朝の3時間あまり、停電に見舞われました。ちょうどパンを焼き始める時間帯でありました。

最初はすぐ復旧するものと思っておりましたので、たいして気にかけておりませんでした。

 

ところが30分、1時間たちましても電気は止まったまま、電気オーブンが使えない状況が続きます。

その間にも、パンの生地は発酵がどんどん進んでいきまして、とうとう廃棄という事態になってしまいました。

 

このときのガスオープンさえあったら焼けていたのに、という悔しい思いから、停電になっても使用できるオーブンを探し始めるのでした。

ガスオーブンで焼きますと、電気オーブンより味がよいことも、頭から離れなくなっていました。

 

ガスコンロを使用したオーブンが、どこまでガスオープンの味に近づけられますか、まったくわかりません。それでも、どんなパンが焼けるのかとワクワクしておりました。

 

あまり期待しすぎますと、その通りに運ばなかったときの気落ちの度合いも大きくなりがちです。そのように考えていますと、どうにか落ち着いてきました。

もっとも、テンピオーブンで焼けますパンの量は少なくて気休めでしかないわけですが、試作品をたくさん焼いて楽しみたい気持ちがそこにありました。

 

送られてきますのは、30年以上も前に流行しましたピーステンピの751型コンロ上置きオーブンであります。

いまアウトドア用品として、テンピオーブンに人気が集まっています。今回はテンピの紹介で終わりそうです。

 

 

当たり前のこと

 

ある女性から「一日だけ、はさみを貸してください」と言われて、手持ちのはさみを貸しました。

一日ぐらいなら、それがなくても別にどうってことはなかったのですが、二、三日たってもはさみが返ってきません。

さすがに不便を感じることがあり、貸した人に返してもらわなくてはと思っていました。

 

やっと、その人に聞く機会がありましたので「はさみは、どうしましたか?」とたずねたところ、

「忘れていました。返そうと思っていたのですが…」という答えでした。

これを聞いて、その人に対してどんな印象を私が持ったのかは、想像がつくと思います。

 

この人は、自分の言ったことでさえも、守れないのだ。借りたものは返すのが当たり前、と思っているだけで、なかなか実行しない人なのだ。

すぐ返さなくても、貸した人は別段、困ることもないだろう、などと自分勝手なことを考えている人だ…。

 

ちょっとしたことをきちんと守る習慣ができていない人は、いくら着飾ってみても、人から好印象を持たれることはまずないでしょう。

本人がそのことに、いち早く気づいて、心を改めていけば、何の問題もないことです。

その女性は、はさみをすぐ返しに来たので、相手から言われる前に、自分から返すことを心がけるように、と伝えました。

 

ちょっとした約束ごとなのに、人はどうして守れなくなるのでしょうか。

おそらくそれは、子どもの頃には褒めてもらえたのに、大人になってからは、ちょっとした約束ごとをしっかり守り通してきたとしても、それは当たり前のことなので、高く評価してくれる人や感謝してくれる人がいなくなったからではないでしょうか。

もしそうなら、誰も褒めてくれなくても大丈夫です。

 

この次から自分が、当たり前のことを当たり前にやれたときは、自分で自分を、うんと褒めて上げればいいのです。

それじゃー、さびしいですか。

でも、当たり前のことを、当たり前にやることこそ、ほんとうは一番むずかしいことを、ほとんの人は知らないのですから、

このことの方が、よほど悲しいのではないでしょうか。

 

 

未知の体験

 

自分には簡単に解決できそうにない問題に出合った、そのときこそ、自分の思ってもみない底力が引き出せるチャンスかもしれない、と考えてみてはどうでしょうか。

人の助けが必要なときもありますが、どうしても自力で困難な状況を切り抜けなければならないときもあるものです。

 

いつ、そんな危機に遭遇するのか、まったく予測がつかないので、普段から努力を要するようなことにチャレンジして、自分を鍛えておくことが重要かもしれません。

こうした習慣を身に着けていれば、いざというときに素早く思考回路が働いてくれて、苦境から脱出する手助けになってくれるものです。

 

人間が本来、持っている能力の大部分は、まだ使われていないと言われています。

その未使用の領域から少しでも力を引きだせれば、いままでできなかったことができるようになるかもしれないのです。

 

そうした潜在能力を引きだすためには、どうすればいいのでしょうか。ひとつは興味を持っていることで、何か新しいことを始めてみることだと思います。

そのときに注意することは、途中でやめたくなったとしても我慢して続けることです。

 

未知の体験を始めたのですから当初は、わからないことや慣れないことなどで、つまずくことが多いものです。

そこを耐えて行き、決してあきらめたりはしないことなのです。とにかく続けて行くこと、積み上げて行くことです。

 

そうすると徐々に、自分に力がついて来ることに気づけるはずです。これまでのことを思い返してみてください。

いま自信を持ってできると言えるものでさえ、かつての自分にとっては、まったく未知の分野のものであったのではないでしょうか。

いままでにも、何度も新しいことに挑戦してやって来たのです。ですから、今度もやれないはずがないのです。

 

 

高め合う生き方

 

人間の役割は最高の人間をめざすことだと思っています。地球上の他の生物や鉱物資源などを支配することではないのです。

あらゆる存在を敬い、彼らの進化・成長を促すものであると思います。最高の人間とは、どんな人間なのでしょうか。

 

神にもっとも近い存在といえるほどに、進化した人間のことではないでしょうか。

この進化し成長を遂げることが、人類をはじめとして、全宇宙のありとあらゆるものの存在理由でもあると言えるでしょう。

 

もしも、進化の道からはずれた場合は何であれ、滅んでいく運命にあるのです。

いまの人類は、その崖っぷちに立っていると言えます。一人ひとりが、いま自分は進化の道にいるのだろうか、退化の道をたどってはいないだろうかと自問すべきなのです。

 

別に難しいことではなくて、昨日よりも今日の自分は、少しは進歩したかどうか、一日の終わりにざっと振り返ってみるだけでもいいと思うのです。

たとえば「今日、あの人に厳しいことを言いすぎたので、明日はやさしい言葉をかけてみよう」とか、そういった相手も自分も高めてくれるようなことを実行して行くだけで十分です。

 

ほんの小さなことであっても、自分の本心から出て来たことを、そのまま行うように心がけていけば変わって来るものです。

少なくとも人と争ってみたり、不平や不満を言ってみたり、投げやりになって仕事をするようなことは、自分から慎んでいかなければなりません。

 

共同生活を営む私たちは、お互いに高めて合って生きていくようにできているのだと思います。

ときには厳しいことを人に告げなければならないこともあれば、反対に人から手厳しいことを言われることもあるものです。

 

また、困難なことが立ちふさがり、もう絶望するしかない状況に直面したときでさえも、私たちは支え合って、その難題を乗り越えていくだけの知恵と勇気を持ち合わせているものです。

人はそうした局面にぶち当たってこそ、めざましい成長を遂げるものでもあるのです。

 

 

より強くなれる人

 

悩みに圧倒されてしまい、ほかのことに手がつけられない状態になっている自分に気づいたら、どうすればいいのか、を考えました。

いったん、ほかのことにはいっさい目もくれずに、徹底して悩んでみることをおすすめします。

悩み抜く決意をしてみてください。

そうすることで、徐々に悩みというものの実態やその本質のようなものが、何となく見えて来るようになると思います。

 

一度、声に出して、自分はどういうことにどう悩んでいるのかを言ってみてください。

うまく言う必要はなく、出てくる言葉を声に出し、何度も言い換えて言ってみます。

こんどは、なぜそのことで自分は悩んでいるのか、理由を言ってみます。

 

次に最悪の事態になったとして、自分はどこまでなら受け入れられるか、勇気を出して言ってみてください。

そこまで出来るなら、全部引き受けてみるぞと、言葉にして言うだけでいいので言ってみましょう。

よくぞ言いきったと自分を褒めてあげてください。

 

ここまでやれたら、だいぶ気持ちが整理できたのではないでしょうか。さいごに次のことを考えてみてください。

最悪な状況にならないように、いま自分に出来ることがいくつかあるはずだと。

 

何でもいいので、それを10個以上リストアップしてください。

そのうち、すぐやれるものから、ひとつずつ実行してください。悩みに注いできた力を、生きる力に変えていきます。

 

それから、もうひとつ提案したいことがあります。

とことん自分のことで思い悩んだあとは、一旦これらの悩みごとをすべて頭から追い出してください。

そして今度は、どれだけ他者のことを思えるかを試してみます。

 

自分と関わっている人たち、一人ずつ思い浮かべて、その人にしてあげられること、喜んでもらえることは何か、考えていきます。

するかしないかは別にして、とにかく些細なこと、ちょっとしたことでいいので考えてみるのです。

 

人間としての器は、どこまで他者のことを自分ごとのように思えるか、それで決まるといわれています。

自分の器を大きくすることによって、これまでの悩みをぜんぶ自分の強みに、転換してしまう意気込みで明日を迎えましょう。

信じて行動

 

自分自身に連れて行ってくれる道とは、自分自身に忠実に生きていくプロセスでもあると思われます。

自分ひとりでその道をたどるのは容易でありませんが、サポートしてくれる誰かがいれば何とか歩んでいけるものです。

 

そのサポート役が自分の中にいることを普通、気づかないものです。

窮地に追い込まれるなどのきっかけがあれば、ちゃんと役割を果たしてくれる頼もしい存在です。

だから自分自身を信じて行動すれば、自ずと道は開かれるといわれるのです。

 

また、自分から行動を起こしていかなければ、いつまでたってもサポートは得られないともいえます。

なぜ自由意志というものが自分に与えられているのか、それを積極的に行使する機会を逃してはもったいないことになるわけです。

 

あくまでも自分が主体となって事を起こすことが大事になってきます。

楽な道や寄り道ばかりに時間をつぶしていると、心はいつまでもむなしさに満たされたままです。

 

もっとも人にはそれぞれ、自分自身に連れて行ってくれる道を歩み始める時期というものがあります。

あせってみたり急ぐ必要もなく、その人のベストなタイミングでその時期がやって来ます.

そしたら本腰を入れて取組めばいいだけです。

 

人間が生まれてきた理由は、放蕩息子として様々な経験を経て、ようやく我が家に戻るというシナリオを体験するためなのですから。

 

 

人に尽くす

 

「周りの人たちは、講師の人にこき使われていた!私だったら絶対、こき使われないようにする…」

これは、仕事の関係で研修に行ってきた人の言葉です。

それを聞いていて、ふと思ったことは、こき使われるというのは、そんなに悪いことなのか、という疑問でした。

 

とらえ方の問題になりますが、人によってはこき使われることが必ずしも悪だとは言えないのではないか。

指示通り動くことによって、より完璧な研修になると考えて、その人に従い、尽くそうとしているだけかもしれないからです。

 

もっともエゴにとっては、自分を顧みず人のために尽くすことは耐えられないので、猛反対して来るのですが、そんな声はスルーに決め込んでいます。

 

人に尽くすといっても、別に自己犠牲のことをいっている訳ではありません。

根底には、自分の役割を自覚し、それを忠実に果たそうとしているだけであって、自分を捨てることや降伏することではありません。

 

人に尽くしていくという行為は、自他を区別することなく愛することを呼び覚まし、全幅の信頼を培います。

いますぐ出来ることは、自分に取り組むことです。

自分に取り組むとは、すべての問題の原因を自分の内に見つけることであり、それを何とかすることで対処します。

 

もし人に尽くすことが出来ないときは、そういう自分に取り組んでみます。

なぜ出来ないのか?

些細なことでもいいから、何か出来ることはないのか?

そうしたことを考えてみます。

出来ないことを考えるのではなく、いつも出来ることだけを考えます。

 

 

自分の最高を引き出す力

普段、自分が考えたことや選んだこと、感じたことなどをどれだけ大切に思っているか、
それによって自分をどれだけ信頼しているかがわかります。

自分が大好きな人は、自分を大事に扱おうとするので気持ちも安定し、いつも安心感で
満たされた生活をおくっています。

時には選んだことが失敗だったり、ヘマをしたり、一時的に気がめいることがあっても
きちんと受けとめ、その経験を次に生かそうと考えます。

自分の未熟な状態を受け入れ、それを制覇していく喜びにこそ、大きな価値があること
に気づくのです。

挑戦すべきことは目の前に広がっており、ただ自分のやり遂げる力を信じて飛び込んで
いけばいいだけです。