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最大の願い 

 

霊的に成長して来ますと、いかなる状況にありましても、みんなの幸せをいつも考えています。

みんなが幸せになれる社会をめざしますのが、個人としての最大の願いなのです。

 

全ての人が幸せになりますこと。この祈願は自分が何をいたしますときも組織にいましても、重要な決定を下すときの大原則なのです。

一人一人の人間は常に全体を最優先に考えていますので、当然ながら定められた社会制度の全てはことごとく一人一人のことを最大限に配慮した内容になっています。

 

まさに宮沢賢治の「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」を、個人個人が現実に体現しているのです。

よく言われます、個人か全体かという二者択一の問題にすり替えてはならないのです。

 

あくまでも、一個人それぞれが原因となりまして、全体の幸せという結果を産み出し、各個人の幸せがもたらされるのです。

この順序の逆は、存在しないのです。

 

高度に進化しました人と言いますのは、全体の進化のことしか眼中にはないのです。

しかし、そういう人たちも元をたどりますと、今の私たちと同じ段階を通ってそこまで進化を遂げられたのです。

 

より霊的に成長します鍵となりますのは、いかに全体のことを自分事として受けとめられるかであります。

これは別に自己犠牲をすすめているわけではありません。

 

深いレベルにおいて、全体の一人一人が自分自身でもあると気づいていますので、全ては自分事としてしか考えられないのです。

自分とは何かを、どれだけ霊的な意味で会得していますかどうかにも関連して来るのであります。

 

 

霊的な成長

 

人が生きている意味は、霊的に成長して行くことにありました。

いろいろな本で読んで来まして、それをようやく知り得ましたが、そういう核心的な事柄を、どうして学校では教えないのでしょうか。

毎日、生活費を稼ぐために仕事をし、欲望を満たして消費するだけが人生のすべてであるとは、とうてい思えません。

 

人間が霊的に進化しますとは、どんなことでありましょうか。

高度に進化した人というのは、普通の人にはない雰囲気(オーラ)をまわりに漂わせていると言われています。

どんな人にもその人独自の雰囲気をまわりに放ってはいるのですが、その力が微弱なため他の人には感じられないだけかも知れません。

 

霊的に進化しますと人が本来、持っています各能力は高まりますと共に、特殊な能力も発揮できるようになると言います。

もっとも、そうした超能力なるものは成長して行く過程で起きます付随的な出来事でありますので注意しなくてはなりません。

 

霊的に成長するとは、イメージとして何となくわかるような気がしますが、ほんとうはどういうことなのか、まだ完全に把握できているわけではありません。

イメージ的には次のようなものが上げられそうです。自我や感情をコントロールできますのと、意識が高く大きな視野で物事を深く思考できて来ます。

人間の起源とその本質、地球や宇宙の成り立ちが理解できております。

 

 

信頼する人に

 

これまで、多くの人と関わってきた中で、この人は信頼できないと思ったことは、それこそ何度もありました。

しかし、この人はほんとに信頼できる人だ、と心から思ったという記憶がないのです。

 

いまだから言えることは、信頼できる人はまわりにたくさんいたはずです。

自分が心を閉ざしたまま信頼しなかったために、人を信頼できたという体験にまで至らなかっただけだということです。

ですから、もっとも必要なことは「信頼する」体験を積むことだといえます。

 

いままで何をするにも、どちらかといえば半信半疑で取り組んできた傾向があったことです。

その結果、人への不信感をつのらせ、人からの助言を疑い、自分の可能性や能力などを過小評価する自信のなさなど、悪循環にはまっていたということです。

 

自分で人間不信をまねくような原因を作っておいて、一方で人は信用できないと思い、自分も信じられず、信じられるものが何もないと落ち込んでいたのです。

まさに自業自得(じごうじとく)といえるのかもしれません。

 

こうした体験から学べることは、自分もふくめてどの人も、根本的には信頼に足る人だということです。

こうして生きているという事実が、その理由です。

もし信頼に足る人でなかったとしたら、その人は生きていられないからです。

 

生かされるものは、自分が信頼に足るものであることを、本能的に感じ取っているはずです。

大きくとらえれば、存在するものすべては、大自然から必要とされ信頼に足るものである、だからこそ現にこうして、ここにあるのだと思います。

 

信頼しないというのは、自然に反する選択だったのです。だから悩んだり苦しんだりするのです。

「信頼する」ことこそが、自然なことなのです。

鍵は自分がもつ

 

なぜ自己成長を目指すのかという点について、改めて考えてみました。二十代の半ば頃の話になります。

勤め先の研修合宿で、自己の能力が引き出される体験を何度かしました。それ以来、自己啓発の研修やプログラムに興味をもつようになりました。

自己啓発に関連する本を読んでみたり、自費で社外研修に参加したりするまでに関心が高まっていました。

 

どうして自己成長に無関心ではいられないのか、長年の疑問でもありました。

あるとき、他のすべてのものがそうであるように、人間も誕生した瞬間から進化の道を歩み、進み行く存在であることを知り少しは納得できました。

しかし、どうして人間は自己成長する必要があるのか、よくわからないままでしたが、仮説を立ててみました。

 

人間が社会生活を営み生きていく上で、対人関係は避けて通れません。いかに相手と良好な関係を築くかが、いつも求められています。

人との間でトラブルが生じるのは、双方が共に人間的に未熟であったときです。

もしも、どちらか一方が、高い視点に立って相手を理解しようと努める人であったり、より広い視野で物事をとらえたりできる人であれば、問題の起こりようがないはずです。

 

相手がどのように出て来ましょうとも、自分がつねに賢明な態度で接してさえいれば、友好的に話は進んでいくものであって、少なくとも悪化するとは思えません。

ですから、人間関係を築くにあたって重要な点は、相手の言動を変えることではなく、自分がどう対応すれば最善なのかを考えることです。

 

人間関係を豊かにする鍵は、自分が握っているという自覚があればこそ、可能な限り自分を引き上げる必要に迫られて来るものです。

これが成長をめざす、ひとつの理由と言えるのではないでしょうか。

 

ハイアーセルフ

 

愛知ソニアさんの新しい本、「プレアデス 魂の故郷への帰還」の中には、次のような言葉があります。

 

今日一日をふり返ってみて、

自分の思考や言動が

いつハイアーセルフにつながっていて、

いつローワーセルフにつながっていでしょうか?

 

これがどういうことなのか。ようやくその意味がつかめるきっかけを得ました。

 

先日、寝ていたときのことです。

眠りに入りかけたときに、「毎日を死ぬ覚悟で生きよ」というメッセージが思いがけず頭に浮かんで来て、ハッといたしました。

 

自分を高めるようなアイデアが生れたときは、ハイアーセルフにつながっていた。そのことが理解できたのです。

 

逆に楽をしようという思いでいるときは、ローワーセルフにつながっていることもわかりかけてきました。

 

自分はいま、どの自己とつながっているのか?

そのことを意識し気づいていることが、自己成長にとって欠かせない重要なことだと気づきました。

 

次に「毎日を死ぬ覚悟で生きる」ためには、一体どうすればいいのかを考えてみました。

まず朝、目が覚めたときや1日を終えたときに、感謝の気持ちを差し出すことでした。

起きているときは、最終的に望んでいることをなるべく意識して過ごすことです。

 

朝と晩に次のようなアファメーションを唱えることにしました。

今日という日を与えていただき、ありがとうございます。

無条件に自分自身を愛します。自分が大好きです。

自分を愛するように家族を愛します。他の人々を愛します。

 

すべてのことを自分が決断し、他の人々にもその権利を認めます。

すべての出来事やあらゆる人の振る舞いに、どう対処するかは責任をもって決めます。

 

愛に満ちあふれる世界を実現します。

大切な人たちのために、同胞を引き上げるために。

私のハートが愛で満ちますよう、全幅の信頼で満たされますように‥

ありがとうございます。

 

 

 

困ったことに、どう対処するのか

自分が「困った状況にある」ということを別の言葉で言い換えると自分が「そのままでいることができず、何かせずにはいられなくなってしまった!」といえます。

そのとき、その困ったことをどうとらえるのか、がその後の人生を決める大きな分かれ道にはいっていきます。

 

まず困ったことの原因は、どこにあると思うのか?の分かれ道です。
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人とどう関わって行くか

 

例え自分1人でどんなことが出来たとしても、そこには自己満足があるだけで、真の感動は生まれて来ないと思います。

人は他者と一緒になってやり遂げた時とか他者と共有し合えた時に大きな喜びを感じるようにできているように思われます。

 

また人は、人との関わりの中でしか成長できず、それは他者を鏡にしてしか自分を知り尽くすことができないからだと思います。

結局どんな人生にして行くかは、どういう人とどう関わって行って、自分はどう変わって行きたいのか、ということでもありました。

 

 

自分に命じることのパワー

私という人間は、命じる者でもあるし、命じられる者でもあります。

この一人二役を上手くこなして行くことが自己成長にとって、また成果を出す上でとても大事なことだと思っています。

 

この二役はどちらが強くても、また弱くても機能せずバランスよく働かせることが重要で、するされるという関係ではなく前に進むための両輪なのです。

命じることでパワーが生まれ、命じられることで初めてそのパワーが全開し行動が開始されるのです。