「自分に取り組む」タグアーカイブ

世界観を見直す

 

卓越した人というのは、この現実世界が仮の姿を映し出しているに過ぎぬこと、私たちが本質的にひとつの生命体でありますのを見抜いておられるのでしょう。

ですから、あらゆるものに執着する理由もなくなったのではないでしょうか。

 

社会が変わるには人間が変わらなければなりません。それには自分がいかに変わらなければならないのかを熟知するに至ったのだと思います。

それからというもの全身全霊で自分に取り組まれて、いま、まさにその途上におられるわけです。

 

自分が変わるとは、どういう意味でしょうか。

ひとつには、これまでの世界に対する見方や考え方を徹底して見直し、自分の本質からかけ離れた個人的なことはすべて破棄されて行かれたのでしょう。

もし仮に人から身に覚えのない仕打ちを受けたとしましても、やり返そうとしたり反駁したりするのではなく、その人がどのような意図を持って行ったのかを知ろうとするのです。

 

その上で受け流すか、あるいは何らかの対処が必要としましたら、効果的なやり方で善処されますでしょう。

どんな動機で人は行動しがちなのかを知り尽くし、行動パターンも見えていますので、前もって手を打ちますのも容易でありましょう。

 

自分本位の人の動機は、ほとんどが他者からの攻撃に対する恐れによるもので、衝動的な行動や防衛反応としての行動に終始しています。

自己本位の考え方を改めない限り、自ら作り上げました罠から抜け出せないのに気づかなければなりません。

 

 

人に尽くす

 

「周りの人たちは、講師の人にこき使われていた!私だったら絶対、こき使われないようにする…」

これは、仕事の関係で研修に行ってきた人の言葉です。

それを聞いていて、ふと思ったことは、こき使われるというのは、そんなに悪いことなのか、という疑問でした。

 

とらえ方の問題になりますが、人によってはこき使われることが必ずしも悪だとは言えないのではないか。

指示通り動くことによって、より完璧な研修になると考えて、その人に従い、尽くそうとしているだけかもしれないからです。

 

もっともエゴにとっては、自分を顧みず人のために尽くすことは耐えられないので、猛反対して来るのですが、そんな声はスルーに決め込んでいます。

 

人に尽くすといっても、別に自己犠牲のことをいっている訳ではありません。

根底には、自分の役割を自覚し、それを忠実に果たそうとしているだけであって、自分を捨てることや降伏することではありません。

 

人に尽くしていくという行為は、自他を区別することなく愛することを呼び覚まし、全幅の信頼を培います。

いますぐ出来ることは、自分に取り組むことです。

自分に取り組むとは、すべての問題の原因を自分の内に見つけることであり、それを何とかすることで対処します。

 

もし人に尽くすことが出来ないときは、そういう自分に取り組んでみます。

なぜ出来ないのか?

些細なことでもいいから、何か出来ることはないのか?

そうしたことを考えてみます。

出来ないことを考えるのではなく、いつも出来ることだけを考えます。