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万物によって生かされている

 

鈴木旭さんの「ペトログリフと黒又山の謎」を読み終えました。

これまで特に意識していませんでしたが、山々というものには神性が宿っているということがよくわかりました。

 

この本では、黒又山の本格調査に入ってから調査隊員たちに不思議な事件が次々と起こったといいます。

黒又山に宿る神々に対して何の許可も得ず、勝手に掘り起こしたことがそもそもの発端のようでした。

 

事件は、そのことを人間に知らしめるためだったことがわかるのです。

著者がこの調査そのものに加わった経緯も、何かに導かれるようにして関わったとあります。

 

私も以前、務めていた仕事がなくなったとき、その後どうしたものかと思案していたところ、すぐ新たな収入の道が開けて充実した日々をいま送っています。

こうしたことは偶然の出来事とは思えず、何か大きな意志が働いているような氣がしたものです。

 

結局のところ、自分の自由意志があるものの、最終的には目には見えない大きな存在の力によって導かれていることを認めざるを得ないのです。

私の身体にしろ、私の思考や意思というものも、どれも目に見えない力に生かされているから、いまこうして存在しているのです。

 

著者の鈴木旭さんも大変な目にあわれ、治るにはもう神様の手足となり、神の意趣に沿って生きるしかないと書かれていました。

自分だけでは小さいことしか出来ず、謙虚に内なる声に耳を傾けること。

そして、宇宙の意思(法則)に沿った生き方に改めることに通じます。

 

自分が生かされていることの意味を、もっと深いレベルで理解する必要を感じています。

 

 

感謝が呼び起こされるとき

以前は孤独に苛(さいな)まれることが多かったですが、それは自分一人の力で生きて来たと思っていたからです。

しかしその後、自分が多くの人たちや目に見えない力で生かされていることを知り実感してからは、どんな時も自分一人でないことがわかっているので孤独を感じることはなくなりました。

 

また車を運転していて危ない目にあった時も無事だったことで、自分は守られていることに気づき感謝の念が湧き起こるのです。

生かされているということは、生かされるだけの価値が自分にあるからであり、今もこうして生きていられること自体、価値のあることの証なのです。

 

 

人を大切に思うことは自分を大切にすること

 

自分を大切にするとは、どういうことかを取り上げてみました。

まず自分を生かすことが出来なければ、どんなことも自分を粗末に扱うことと同じです。

だから自分を大切にするとは自分を甘やかしたり、やりたい放題にやることでは決してないということです。

 

何が正しくて、何が間違っているか、すぐ分かる方法があります。それは動画でも説明している「みんながそれをやったらどうなるか」で見てみるということです。

みんなが他人を大切にすれば、みんなが大切にされみんなが幸せになります。しかし、みんなが自分だけを大切にしたら、誰もが大切にされなくなります。

 

私たちは自分で生きているのではなく、間違いなく他者によって生かされている存在なのです。