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むなしさを味わう

 

山田洋次監督の「隠し剣 鬼の爪」を見ました。ホッとさせるシーンで終わって、その余韻がのこっています。

話の展開にただついて行くのがやっとでしたが、生きていく上で、この時代特有の厳しさというものを感じました。

さすがに侍同士が命をかけて戦う、果し合いの場面は見ごたえがありました…。

 

それにしても後をひく感じの、一種のむなしさは何なのかと思います。

もしむなしさに打ちひしがれているなら、それはそれで十分に味わえばいいという声が聞こえてきそうです。

心の手綱をゆるめれば、あっちにフラフラ、こっちにフラフラとゆれ動くのは、当たり前なのかもしれません。

 

いまのように何とも言いようのない状態にいる自分に気づいたときは、心のどこかにスキがあったかもしれないと反省し、すぐに身の立て直しをはかるべきだと思い立ちます。

そうすると、いつも何かに身構えていなければならないという前提があることになります。

 

いったい何に身構える必要があるのでしょうか。しいて上げれば不用意な情報から身を守ることかもしれません。

心をひらくことへの警告であり、警戒心を呼び起こすねらいなのでしょうか。

この映画が不用意な情報に相当するのか疑問ですが、少なくとも自分の琴線にふれたのは確かです。

 

ところで、身を立て直すとは、崩れかかった身を立て直すということですから、弱さからくる心の痛手を修復することだとも受けとれます。

心身はつねに一体であるということを考えれば、心構えを整えるときにも身を立て直すことから、取りかかるのも納得がいきます。

ようやく、ひとつの時代を描いた映画だと受けとめる用意ができました。