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ありえない成功のカラクリ

与沢翼さんの著「ありえない成功のカラクリ」を読み始めています。アマゾンのプレビューでは酷評の多かった本でしたが、私が読んだ印象では成功するために通るべく道筋を至極、真面目な意味深い内容で書かれているように思いました。これから目標達成する上で、大変参考になるスキル等が得られそうで有りがたく感じています。

特に響いたところは、いつも最終的に自分の行動面を決定づけているセルフイメージを強化することでした。これまでの曖昧なセルフイメージから「できる自分」というイメージへ、行動によって上書きすることです。そのためには、まず内面から湧き出る目標を設定すること、そして年単位で努力し続けて結果を積み上げることでした。

それをどのようにやって行けばいいのか詳しく書かれており、著者の思いが伝わって来るようです。ただなぜ、そうするのかを理解するまでには時間がかかりそうですので、ともかく雑でもすぐ始めてみました。この後も素直にやって行くだけです。

準備を終えて本番を生きる

準備を終えて本番を生きる

ひょっとして、一生を準備だけで終わってしまうこともあり得ました。

幸い自分の人生を生き始めてから、生きている間に準備期間を終わらせる
タイミングにも出合えたことは有りがたいことです。

なぜ自分は今それをしているのかと絶えず意識することと、そのことに気
づくということがなければ、今の自分はなかったと思います。

残念なことに周りの人のほとんどが、本番を生きずに準備としての人生を
送っており、その現状を変えたくてこうして毎日動画を撮っています。

世の中が何かおかしいと感じていても、これまで通りの生き方をズルズル
と続けている人が大半ではないかと思います。

その状況を変えるには、自分を変えて行く以外に道がないことに気づいて
欲しくて、私も出来る限りのことをやって行こうと覚悟を決めました。


自分の運命は自分で作る

自分の運命は自分で作る

人に頼ったり人のせいにする生き方から、自分が決めて行動するという
自分の責任で生き始めることで、

自分の運命は、自分が切り開いて行くものだということがわかります。

誰が悪いのでもなく、みんな自分が悪かったのだと認めることから、や
っと主導権を自分に取り戻すことが出来ます。

自分が被害者でいたり人を責めている間は、相手に自分の人生の主導権
を与えていることに気づくべきなのです。

相手を加害者に仕立てて人に責任を負わせる方が楽かもしれませんが、
それではいつまで経っても自分の人生が始まらないのです。

自分の人生を切り開くということは、地道な努力を要することと責任は
全て自分がかぶることになるので相当の覚悟がなくては続けられません。

でも、それ以上の価値あるものを発見し、自分を大いに生かせることの
無上の喜びが見い出せるように思うのです。

考えた通りに生きます

考えた通りに生きます

これまでは人の決めたことや意向に沿って生きて来ました。

これはこれで1つの生き方でしたが、欲求不満の人生でもありました。
人に合わせる生き方は、どこまで行っても平行線に終わるからです。

自分に沿う生き方、人と争ったり無視することなく自分を生かす道に
踏み入れる必要があったのです。

自分を出し生かすことは、周りの人たちにとっても刺激的で好ましい
ことなのです。

自分らしさというものは、人のその人らしさに触れることで触発され
引き出されるものでもあります。

これからどう生きたいのか、そのビジョンの通りに生きはじめること
を私は選んだのです。

私は自分の人生の主人公です

私は自分の人生の主人公です

私は本当の意味で自分に責任をもつことほど、自分を奮い立たせ謙虚にさせる
ものを他に知りません。

言い訳をしたり弱気になるのも自ら責任を放棄していることに気づけば、もっ
と強く生きなくちゃと思わずにはおれないと思います。

自分の人生をいきるとは、物語の主人公が自分であることを自覚し、何をした
いのかどんな冒険をしたいのか人生の目標を定め、それに向かって歩み続ける
ことでした。

自分がその一歩を踏み出さなければ、自分の人生はいつまでも始まらないとい
うことです。