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思いが現実になる

 

朝、荷物を配達し終えました帰り道、左折しようと曲がり始めましたとき、向こうから来ました車と、もう少しでぶつかるところをストップしました。

相手の運転手は怖い顔をして文句を言っていました。

それからバックし出しましたので、その横を通って進みましたが、なおも怒りをあらわにして怒鳴っている様子でした。

 

出会い頭での出来事でしたので、どちらが悪いとかは決められませんのに、どうしてあの人はあんなにも腹を立てていたのでしょうか。

たまっていました欲求不満を発散させたのかもしれません。

 

よく考えてみますと、自分にも身に覚えがありますので、相手の言動をとやかく言う立場にありません。

でも、あの人はなぜあんなにも怒っていたのだろうかと不思議に思ったことが、今までになかったでしょうか。

 

ムシャクシャした気持ちを持っていますと、それを逆なでしますような事態に遭遇するものであります。

また、何気なく思っていますことが、たちどころに現実となりますケースは意外と多いのではないでしょうか。

 

たとえば、目の前の信号が赤になるかもしれないと思って進みますと、その通りになってストップしましたのは一度や二度ではありません。

起こってほしいことよりも、起こってほしくない状況を考えてしまうのが常でありまして、それこそが問題ではないでしょうか。

 

最近は、起こってほしいことだけを思うように心がけております。そうしますと、たいがいはその通りになりますから面白いです。

 

 

自分の可能性

 

最大の関心事は何でありましょうか。寝ていましても覚めていましても、そのことだけを考えている、興味津々なものは何でありましょうか。

いまの自分にはないと申せます。より近いものでしたら、どうでしょうか。

このブログ更新を続けていきますことが、あるいはそれにあてはまりそうです。

 

しかし、書いていく内容につきましては書き始める前まで、特に考えておりませんし、ごくたまにテーマが浮かんで来るぐらいであります。

ただ努めていますのは、朝から何度も、何かを必ず書き上げるようにと自分に言い聞かせております。

このように見ていきますと、ブログを続けるのが現在の最大の関心事とは申せないでしょう。

 

書く内容では、どうでしょうか、自分にとりまして注目に値するような主題か何かは、ありますか。

思い巡らしましたが、これと言って見当たらないのです。いま差し迫った状況にはいないと言い変えましてもいいと思います。

ある意味におきましては、これはこれで喜ぶべきなのかも知れません。でも、もしかしましたら大事なことを、見落としている場合も考えられます。

 

確かに、何かとても大切な教えを見逃しているような気がします。そのときに見合いました課題が提示されているはずですから。

それを真っ先に取り上げまして、可能な限り掘り下げていかなければならない、そのような主題があるはずです。

また、そのようであってほしいと望みます。自分であるからこそ行えます役柄に、応じたいだけなのですが。

一晩、考えまして続きを記すことにいたします。

 

 

望むことに集中

 

これまでで、なぜ心の休まるときがないのだろうかと、疑問に思ったことはないでしょうか。

一日のあいだでも、落ち着いているときもあれば、何かにせき立てられていたり、ちょっとしたことが思い通りにならないので、イライラするときがあったりします。

 

何をするにせよ、また何があろうとも、出来れば心はつねに平静でいられるに越したことはありません。

充実した毎日を過ごすうえで、いつも気にかけておくべきことが、何かきっとあるはずです。

 

そのひとつとして、いわゆる放心状態のときをなくすことが上げられます。

何かに集中しているときや、目的をもって何かをしているときというのは、心が定まっているので特に問題はないといえます。

気を付けなければいけないのは、何となく過ごしているときや、感情的になっているときです。

何となくやっていると、気がゆるんで心にスキができます。そこに好ましくない想念が忍び込んで来たり、魔が差すこともあるので注意しなければなりません。

 

感情的になっているときは、何をやってもうまく行かないはずですので、そんなときはいったん手を休めることです。感情が通り過ぎるまで、待つ必要があります。

イライラしたりする原因となるような、しこりを心に残さないためです。気持ちが落ち着いて来たら、そこで再開すれば問題はないでしょう。

 

ここまででわかったことは、ものごとに取り組む際には、その目的なり何らかの意図を持ってやり始めることです。そうすれば、望む結果も生まれやすいということです。

また一日を始めるにあたっては、今日をどんな日にしたいかを考えてみることです。そして、声に出して言ってみることです。その後で、忘れてしまってもいいのです。

 

自分はどんな日にしたいのかを考え、それを声にして言うことが大事なのです。望むことに集中する時間をもつことなのです。少なくとも望まないことを描くことはないはずです。

 

 

満たすもの

 

心は絶えず、見るものや聞くものなど、注意を向けるあらゆるもので満ち満ちています。

普段はそういうことに全く気付かず、過ごしていることにちょっと驚いてしまいます。

 

現実だと思っている、目の前に広がるこの世界は、実は自分が脳内で作り出した幻影に過ぎないことは前から知っていました。

それを考慮に入れると、心というスクリーンに五感で得た情報を映し出して、それを眺めているのが自分だと納得がいきます。

 

だから毎日、心をどういうもので満たし続けるかが大問題であり、その重要性にどれだけ気が付いているのかどうかです。

愛で一日を満たすという課題に取り組んでみた結果、以上のところまでを思いを巡らすことが出来ました。

 

何かに取り組む場合に、注意せず成り行き任せでいると、予期せぬ事態を招くことがあり、それに慌てて対処し、かえって悪化させてしまうことがよくあるものです。

どんな心がけで日々を過ごして行くのか、そうした自己管理を怠っていると心は隙だらけなので、悪夢のような状況を引き寄せないとも限らないのです。

 

自分が望むことや喜ばしいこと、嬉しいこと、楽しいこと、人に役立つことなど、いつもそういうものだけで心を満たしていれば、少なくとも好ましくないことは起こりにくくなるのは間違いありません。

 

 

 

自分の時間

 

人にはそれぞれ、その人の時間が流れている

高倉健主演の映画「あなたへ」で語られるメッセージです。

夫婦といえども、お互いをすべて知っているわけではない、だからこそ、迷いが生まれて当然だともいわれます。

 

人にはその人固有の時間が流れているので、他人のことで過度に思いわずらっていると、自分の時間というものをせき止めてしまうことになります。

そうすると、その人は魂の抜け殻のような生き方しかできなくなってしまいます。

 

人にはそれぞれ、自分の時間が流れている

このメッセージは、先立たれた夫への思いで時間が止まっていた洋子に、英二(高倉健)から贈られます。

それを受け取った洋子は、ようやく自分の時間を取り戻すのです。

英二と夫婦となった洋子は、亡くなる前に「さようなら」という言葉だけの遺言を手紙に書いて、英二にさきのメッセージを伝えるのでした。

 

自分の中で流れている時間を、どのように使っていくのか、それを考え、生きて行くことも非常に大切です。

何も考えずに過ごすことも出来るし、一分一秒を大事に使うことも出来ます。

 

一生で与えられる時間は有限です。自分が使える時間は、いつかはなくなり終わってしまう、そのことをつい忘れがちです。

せめて人に喜ばれることや、人の役に立つような何かのために、自分の時間を使い果たして、終えたいものです。

 

 

 

困ったことに、どう対処するのか

自分が「困った状況にある」ということを別の言葉で言い換えると自分が「そのままでいることができず、何かせずにはいられなくなってしまった!」といえます。

そのとき、その困ったことをどうとらえるのか、がその後の人生を決める大きな分かれ道にはいっていきます。

 

まず困ったことの原因は、どこにあると思うのか?の分かれ道です。
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身近にある豊かさ

「豊かさは自ら産み出すものだ」という言葉の意味がようやくわかりかけてきたように
思います。もっとお金やものが豊富にありさえすれば、豊かになれると思うのは錯覚で
あり大きな誤りでした。

真の豊かさは外側にあるのではなく自分の内面の心で、見出すことで生じるものでした。

同じ状況を目の前にしても、そこにあるあらゆる豊かさをどれだけ感じ取れ、どれほど
深く考えられるかで、その状況は豊かに思えなかったり、豊かさに圧倒されたりします。

受け取る側の意思と能力によって、豊かさがそこにあることやどんな豊かさを認めるか
目にしたものの解釈はまったく異なってくるということです。

自分が見ようとせず認めなければ、豊かさというものは現れて来ないものであることを
豊かさを求める場合には理解しておく必要があるように思います。

自分が望むものはすべて持つことができ、想像するものはすべて実現できるというのは
認識を高めた意思の力で、それらは現出できると言っているのだと思います。

自分の考える方向に向かうもの

今のまわりの現状というのは、
自分の考えが反映したものであることを
素直に認めてみますと、
自分のことがよく見えてきました。

収入がなかなか増えなかったのも、
絶えず「なかなか売れない」という
言葉をくり返していたからでした。

よく売れる日もあれば売れ残る日もあるのに、
売れない方にばかり目が行き、
つぶやいていたのです。

この状況を変えるためには、
望まないことでなく
望むことだけに焦点を当て、
つぶやき続ける必要がありました。
「どうしたらもっと喜んでもらえるか」

お客さんは、あることを求めていました。
それは、いつもとは違う何かをでした。
非日常的なこと、ちょっとした感動を
味わってみたいということだったのです。

その突破口は、まず私が望むことを
もっと大胆に声高にかかげて
その通りに歩む必要がありました。

もっと主張したとしても
誰にも迷惑はかからず、
かえって喜ばれることを知りました。

更に気づいたことは、
人が『最高の人生を生きる』ことに、
少しでも自分が貢献できたなら、
私の人生は最高のものとなっている
ことなのです。