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全ての人の幸せ

 

毎日、為すべきことを淡々と行ってはいるのですが、自分がかつて生まれるに際して取り決めたこともきちんと行っているであろうかという思いが片隅にあります。

それはクリアしたという覚えも自覚もない以上、まだ実行まで至っていないように思われます。

 

これに関しましては魂に関わる部分でもありますので、自我意識がどんなに力んだところでどうしょうもないとも言えます。

そのタイミングが訪れましたなら、黙って付いて行くだけで精一杯かもしれません。

 

こうして不自由もなく過ごせまして、健康体でいられますのは何という幸せなのでありましょうか。

慎んで全ての人の幸せをお祈りいたします。感謝申し上げます。

 

 

信頼と感謝の念

 

人生においてあるいは他者に対しての、信頼と感謝に満ちた態度はどのようにして生まれ、身に付けて行けるものでしょうか。

なぜ片時も忘れないほどに信頼できていないのでしょうか。いま自分の置かれています状況を正しく認識していないからでしょう。

 

こうして存在していること自体も奇跡でありますのに、そのことにさえ気づいていないのです。

どうしてでしょうか。人間や自分自身に対する無知、これが最大の問題と言えるかもしれません。

 

どうすれば、自分についてもっと知ることができるのでしょうか。もっと知ろうと欲するのです。

人間とは何でしょうか。自由意志を行使して霊的に成長する存在だと言えるでしょう。

 

なぜ人類は生まれ出たのでしょうか。創造しそれを体験するためだと思われます。

実際、それらを可能にします大いなる力が常に働いているのです。

一瞬たりとも忘れられたり見捨てられたりすることなく、支えられていないときはないのです。

 

いついかなるときも命は脈動し、その生命の息吹が感じられるでしょう。

それがわかれば、どうして信頼と感謝の念が湧いて来ずにいられましょう。

 

 

ポジティブな態度

 

どのようにしましたら、ポジティブな態度を常にとり続けられるでありましょうか。

揺るぎない信頼が、そこにはあるように思われます。何に対しての信頼でありましょうか。

 

霊的な存在としましては、一身に受けます愛の大元であります大霊への絶大なる信頼と感謝が上げられます。

いつも自分に降り注がれております、愛のシャワーに気づいていなければなりません。

 

また、大霊の限りない愛に値します自分自身への全幅の信頼があります。

みなぎる信頼と感謝に裏打ちされた、自信あふれるところから楽観的な態度が生まれるのではないかと思います。

このポジティブな態度から、更に一層信頼の度合いは増して行くのです。

 

 

愛するもの

 

いつも感謝していますことがあります。それはお風呂の湯沸かし器です。

もう25年以上に渡って稼働していますが、普通はそんなには持たないそうなのです。

風呂に入る度に、ありがとうと礼を言っているのです。このとき、同時に愛でる気持ちも送りつづけておりました。

密かに、愛が通じていますのを感じるのでした。

 

また仕事面では、いくつかの機械を毎日、使っていますが、どれも20年以上の間、現役でいまなお頑張ってくれています。

考えてみますと、まだほかにもたくさん動いてくれています機械類があります。

 

これからは、もっときちんと言葉にして感謝を述べていかなくてはなりません。

どんな機器でありましても使いますときは、感謝していますことを正直に伝えますのが大切だとつくづく思うのです。

「使わせていただきます。いつもありがとう!」と。

 

そして自分の肉体に対しても、まったく同じだと思うに至りました。

どれだけ感謝しましても仕切れないほど四六時中、世話になっていますのが身体です。

心から愛していますことを、もっとも多く伝えなくては申し訳が立たないです。

 

愛と感謝のエネルギーも、この身体を通して流れていくように思われます。

気がつきますと感謝し、愛するもので取り囲まれていますのが、いまの自分という存在なのでありました。

 

 

口ぐせ「ありがとうございます」

 

運転をしながら、「ありがとうございます」を口ぐせにしてみました。

 

一番に出てきたことは、目の前の状況に対する感謝の思いです。

向こうから来る、どの車も左車線で来てくれるので、こちらは安心して左車線で車を走らせることができます。

このことから、この世が信頼で成り立っているということに、気づくとともに感謝の念がわきました。

 

その後も口ぐせをしていて、なぜ感謝するのか、その訳の1つがわかって来ました。

将来のある時点で、自分の夢が達成できたことに対しての感謝でした。

いろんな人たちの応援と幸運に対しての、「ありがとうございます」だったのです。

 

しかしすぐに、しっくりしていない自分を認めざるを得ませんでした。

ただちに夢を実現したときの気持ちになれず、すんなり納得できない状態なのです。

自分のなかで、頑として成功したように振る舞うことを受付けないところがありました。

それは例えば、これまで努力した結果、得た無力感や焦燥感にまみれた自分でもありました。

 

しばらくすると、口ぐせの「ありがとうございます」は、そんな自分に対して贈られる言葉に変わっていました。

成功を収めた未来の自分からの、感謝の言葉となっていたのです。

自分が発していた「ありがとうございます」を、今度は受け取る立場に変わっていました。

「ありがとうございます」のシャワーで癒やされていました。

「ありがとうございます」は、いまの自分にこそ、必要な言葉でした。

 

口ぐせは、自分が言葉を放つことによって、その言葉の受け手となれることでもあったのです。

 

 

 

 

 

幸せに生きるには~やりたいことを見つける

「ただ生きているだけで幸せ」
という場合もあれば、
それだけでは満たされない
何か貢献をしたいという欲求が
沸き起こることもあります。

私は、他者を助けることが
自分をも助けることに
気づいたとき、
命のつながりを実感できて
救われる思いになったことがあります。

それ以来、孤独感におそわれることはなくなり、
積極的に人と関わるなかで、
自分のことも理解でき、
人間的に成長する機会がふえたように思います。

幸せな人生とは、
人とのつながりをしみじみ実感できる、
そういう境遇にいる自分に対して、
言い放つ言葉でもあるように思います。

毎日の生活で
態度や言動を通して自分を表現し、
まわりからその反響を受けとって
幸せを感じたり、
あるいは改善すべきことを知ります。

その根底には、いつも
よりよい人生にしたいという
おさえがたい思いが心にあります。

やりたいことを見つけ
それに全力を傾けるという
プロセスそのものが、
幸せな人生であり
何らかの社会貢献を果たしている
ことでもあると思うのです。

どんな人生を送りたいのか?

「自分はどんな人生を送りたいか?」
この問いは毎日やってもいいぐらい、
とても大事です。

私は以前までこんな風にしか
考えられない人間でした。

「あの人が自分のことを信じてくれないから
仕事がうまく行かなかった」
「こんなことになったのもあの人のせいだ」

自分の人生でなく、
ほかの人の人生に生きていたのです。

自分はこの人生で一体どうしたいのか?
それがわかっていませんでした。

自分が被害者意識で生きていることに
まったく気づかず、
問題をすべて
人のせいにしていたのです。

自分の人生を明らかに
生きてこなかったのです。
でもようやく、
そのことに気がつき始めたのは、
ある一つの疑問からでした。

「なんでいつも同じように
相手とぶつかり、
別れることになるのだろうか?」
と不思議でした。

何度も同じパターンであることに、
おかしいと思うようになって、
やがて自分のあり方に原因があり
自分が衝突を招いていたことがわかったのです。

ずーっと相手を替え、そんな生き方でいいのかと
何度も私に教えてくれていたこと。

そのことに気づけて
相手の人に感謝したい気持ちが
どっとわき起こりました。

それ以来、自分は見守られている
という確信と信頼感ができました。

話をもどしますと、
自分の人生を生きるとは、
自分が責任を取りながら
生きるということであり、

自分の人生で起こる原因は
自分なんだという
主体性をもって生きること
でもあります。

だから、どんな人生を送りたいか?
と自分に問うことが
とても大事なのです。