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自己愛と利他愛

 

自分を愛しますのは、自己中心の発想だと思っていました。

しかし、自分のことしか考えないのは利己的なのかもしれませんが、自己を無条件に愛しますのはそうではないのです。

 

聖書には「自分を愛するように、隣人を愛しなさい」という言葉があります。

自分を愛していますのが前提として、隣人を愛しなさいと言っているのではないでしょうか。

 

自分さえも愛せない人は、他人を愛せるはずがありません。

自分を愛せない人というのは、他人から注がれています愛にも気づくことはないでしょう。

 

無条件に自己を愛しますのは、他者との関わりにおいてももっとも重要な資質であったのです。

そのためには自分よりも他者を最優先に考えられますほど、自我意識を高めて行かなくてはなりません。

 

どんな状況下でありましても、自己を見捨てず無条件に愛せるまでは、利他愛の精神も生まれて来ないように思われます。

アニータ・ムアジャーニ著の「もしここが天国だったら?」を読み始めまして、以上のことに気がついたのです。

 

 

倫理的に正しい道

 

ジェームス・ヴァン・プラグ著の「人生をもっと幸せに生きるために」には、次のような言葉があります。

すべてにおいて意識的に良い点を見つけるようにすれば、前よりはるかにポジティブな人生を送れるようになる。

 

ネガティブな思いを何とか変えようとしますよりも、いつも良い点を見つけるように努力します方が適切でありました。

そうしますだけで、自ずとネガティブな感情もなくなって行きますように思います。

 

どんな最悪と思われます出来事でありましても根気強く探せば、どこかに一抹の希望が見いだせるように思われるのです。

常に倫理的に正しい道を歩むと、言い換えることができるかもしれません。

また、次の言葉も勇気づけられます。

 

自分の意識レベルを上昇させて、出会うすべての人の中に神を見いだそう。

他の人のハイヤーセルフに気づき、つながることができるようになればなるほど、魂としての本当の彼らを理解できるようになる。

 

何か落ち着かないときというのは、その原因として人との魂レベルでのつながりを見失っている場合があります。

その人の高次の存在に気づくことができましたら、強い絆で結ばれていますのがわかり落ち着きを取り戻したのです。

 

 

意識して過ごす

 

先日、一人で友愛の精神でもって周りの人たちを念頭におきつつ、その人たちにお役に立つには自分は何ができるだろうかと思い巡らせておりました。

その課程で、二度も役立つチャンスを逃してしまったことに気がつきまして、無念の心境でありました。

 

この友愛の念こそが、利己主義的な傾向を改める上での心強い味方になってくれると思いました。

これを養って行きますには、どうすればいいのでしょうか。

霊界の上層界の人たちから学ぶべきことも多々あるように思います。もっと霊界について詳しく知る必要があります。

 

飛びきりの友愛で全身を満たすというのは難しいとしましても、絶えず意識して過ごすように心がけています。

そして、どうしたら役に立てられるだろうかと問うことも忘れてはなりません。

 

 

自分中心を改める

 

霊的成長こそが、長いあいだ探し求めていました道であります。シルバーバーチの霊訓に出会いまして、それに確信が持てました。

この道を歩み、すべてを託したい気持ちが益々大きくなりつつあります。

 

なるべく高い視点に立って物事を考え、できるだけ広い視野を持って世の中を見るように心がけています。

永遠に生き続けることを思いますと、つかの間に過ぎない地上での人生で、少しでも人に役立ったと胸を張って言える人間でいたいと望みます。

 

染みついています自分中心の習性を何とかしなければなりません。

一つ一つそれに気づくことから始めて、次からこうしようという風に改め決めてかかることにしました。

 

例えば、毎日の車を運転します自分の行動の中に、自己中心的なところが随所に見られます。

こちらのほうが優先だからという理由で、思い上がった気持ちになって運転している場合が多いのです。

 

何度か、右折車に道を譲ったほうがいいと思ったら即、実行しました。

自己中が改まるまでは、意識してハンドルを握らなくてはなりません。

 

 

霊的無知に気づく

 

これまで自分が知り得なかった死後の世界や霊界についての知識を授かりつつあります。

もっとも以前から漠然と、死んだ後も人は生き続けるのではないかと感じていました。

 

しかし、シルバーバーチの「古代霊は語る」の書を紐解いていきますと、死んでからが本当の意味で生き始めるのだと知ることができたのです。

とても驚くと同時に、長年の疑問が氷解する内容でありますだけに、深い感謝の念がわき起こりました。

 

100年ほど前に英国での家庭交霊会において、50年以上にわたって語り続けていた古代霊がおられたのです。

その語るところによれば地上界が惨憺たる状況なのは、霊的に無知であることが最たる原因だという指摘でありました。

 

霊的真理をまったく理解していませんから、利己主義がはびこり物質欲に支配された人生を送っていました。

死を恐れ必要以上に肉体に固執しすぎるのも、自分の本質を自覚する上での大きな弊害となっていたのです。

 

気づいたからには、少しずつでも霊的な無知から抜け出していかなくてはなりません。

 

 

役割を自覚する

 

ある本を読んでいましたら、10ものグループそれぞれの役割について事細やかに、周到に書かれておりました。

大きなことを成す目的で各専門のグループが集まり、分担して取りかかる例を挙げられていました。

 

人間一人ひとりが持てる最大限の力を出し切れる、そうした人たちがグループとしてやり遂げるのです。

さらに、そんなグループが連携し合い、束になって成し得ることは計り知れないものがあります。

 

しかし、それさえも全体のごく一部分であると考えますと、その先はもう想像を絶する規模へと発展して行くであろうと憶測できるだけです。

この宇宙のミクロの世界からマクロの世界まで、数多く存在します全てのものには、それぞれに託された役割というものがあります。

また、それを唯一果たすために存在していると言えます。どれもが全体の一部を担って、支え合っているのです。

 

全体の中の各構成員は、本来そういう重要な役目を受け持っていますのを重々自覚していて当然なのです。

ですから、自分の担っていますことは何であるのかを認識して、生まれて来た理由でもありますその使命を、いまこそ果たして行かなくてはならないのです。

 

 

自分の本性

 

仕事の作業中のことです。過去の出来事の、ある場面を思い浮かべて「ああでもない、こうでもない…」と、心のおしゃべりに気づく機会がありました。

そんなことより、もっと大事なことがあるでしょう!と怒鳴りたい気持ちになりました。

 

いつもこのような無駄話をしている習癖に呆れると同時に驚きでもあります。性懲りもなく延々と、こうしたおしゃべりを繰り返すのは、なぜなのでしょうか。

やりたい放題にさせているのは自分であり、それを許しているのも自分でありました。

 

「愛で一日を満たし、愛と共にいなさい」と言われるほんとうの意味がようやくわかりかけたように思います。

気がつくまで雑念に取り込まれてしまう隙を与えまくり、油断していますのが普段の自分の有様なのです。

これは今に始まったことでは無論ありません。何度も気づいて来たのですが、いっこうに改まっていないのが現状です。

 

何回か、心を愛で満たすように意識しました。とても落ち着き安らぎます。これを日常化できないのは、どうしてなのでしょうか。

どうしてもっとも大事な自分の本性を忘れてしまうのでしょうか。何よりも、この自分をマスターしなくてはなりません。

 

 

信じて選択する

 

普段、自分の考えていますことを、いかに疑ってかかっているかがわかりました。意外にも、ほとんどと言っていいほど自分を信じていないのです。

それで信じる方向に、ともかくも舵をきるように意識を向けました。否定的な想念がこんなにもはびこっていましたのに驚きます。

 

肯定的な思いに取って変えますには相当の根気強さを試されており、是が非でもやり遂げます。

黙想のときに、全身をできる限り信頼の波動で包みました。今までにない境地に身も心も震えていました。

 

しかし、黙想が終わってからは、またいつも通りの状態で過ごしていました。

翌日、目が覚めましてもそのままで、しばらくして思い出すまでずっと信じる決意のことを忘れていました。

 

自己改造の第一弾が、まだ始まったばかりですから、あったことやこれからやりますことは、すべて前向きにとらえ考えて行くのです。

いますぐ出来ますのは、意識をしっかり持ちまして、いかなるときも迷わずに自信を持って選択します。そして断固として実行します、ただそれだけです。

 

もう一つ大事なのは、それらの結果でもあります身に起こる出来事は潔く受けとめまして、もし改善すべきところがわかりましたら直ちに改めます。

原因であります自分が、どうすればいいのかは周りが教えてくれているのです。