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心に刻みつける

 

自分が何者であるかを忘れてしまった体験者の自分といいますのは、好き嫌いという嗜好をもって判断し、限られた範囲の中でしか物事を考えられないのです。

ですから、いくら考えたとしましても思い出せないのは当たり前です。

 

ほんとうの自分を思い出すためには、観察者であります存在がつねに自分と共にいますのを忘れてはなりません。それは魂あるいは良心とも呼ばれます。

まず、そうした自分を導いてくれます神のような存在がいるのを、ほんとうに信じているかどうか。

 

また、ほんとうに自己を信頼しているのかどうかを問うのです。正直なところ、こんな大切な存在を軽視してやって来ました。

一刻も個人的な意思を手放しまして内なる声にしたがって、生きますにはどうすればいいのでしょうか。

 

これまで取り仕切っていました自分の頭脳や身体を明け渡します。魂の意向に沿って生き始めます。

思い出しますのは、ほんとうの自分が観察者であり、内なる神であり、魂であることです。これを何度も心に刻みつけるのです。

 

 

思い出せばいい

 

この人生での体験というものは、それこそ無限に広がる様々な体験の一つに過ぎないということです。

だからといって、いい加減に人生をやり過ごすのは愚かなことです。

ただ、どんな体験であれ、それに執着し過ぎないように注意しなければなりません。

 

太田龍、デーヴィッド・アイク両著の「2人だけが知っている世界の秘密」を読んでいます。

第5章のレプティリアンの精神的監獄から抜け出す方法のなかで、「私たちは人間ではなくて、無限の認識であってすべての可能性」であると述べられています。

 

人間として体験していますけれども、本来は認識する存在そのものが自分なのであります。

すべての可能性であり、全知の存在であるのをただ思い出すだけで充分であって、新たに学んで完全無欠になる必要はないと言われます。

この言葉には、とても響くものがあります。

 

それでは、忘れてしまったのを思い出しますには、どうすればいいのでしょうか。

そこがいちばん大事なように思われます。

思い出すための、きっかけとなるような言葉やイメージを見つけ出せば、何かを思い出せるのではないかと思っています。

 

 

かけがえのなさ

 

今朝、気づいたのですが、車を運転中に愛を意識していますだけでも十分に、周りを配慮した慎重な運転をやっておりました。

向こうから車がこちらに迫って来ますとき、そのものの脈動感が伝わってきまして思わず身震いしましたのは、自分の本質も愛であるからでありましょう。

 

さらに思い至りましたのは、普段の日常生活におきましてこそ、常に愛を意識しますことの大切さでありました。

そうした気持ちを持っていますと、何もやっていないときに時々感じていました、言い知れぬ寂しさとか孤独感からも解き放たれるのを知りました。

 

不足とか欠乏感が生じて来ないのにも気づき、愛という偉大な力のその一端に触れたように思われまして、感謝の念に打たれました。

どうしてこんなに大事な心がけを、いつの間にか忘れてしまったのでしょうか。

 

一時的にせよ、忘れる必要があったからなのでしょうか。そうとしか、思い当たらないのです。

なぜ、忘れなければならなかったのでしょうか。先ほど感じましたような愛の偉大さ、かけがえのなさを実体験で学んで知る上で忘却は不可欠だったのでしょう。

 

自分はもう、そのことを十分に知り尽くしましたと、天に向かって断言できればいいのですが、まだまだ言える状況ではありません。

自分が学びの途上にありますのをここで再認識し、もっと学び取ります決意を新たにするのでした。

 

 

体験者と観察者

 

自分自身の本質とは、何でしょうか。

いまの自分は、いつも選択に迷っていたり間違いをおかしたりしまして、完璧には程遠い生き方をしています。

また、思い通りにいかないと落ち込んでみたり、たまに良いことがありますと喜んだりしているのです。

 

しかし、迷い落ち込んでいますのは、ほんとうに自分なのでしょうか。いったい誰が迷い、落ち込むと言うのでしょうか。

実は、自分自身といいますのは本質的に完全でありますので、自分と思えます架空の分身を仕立て上げたのです。

その者が間違ったり、悩んだりしていると考えられます。

 

本来は、第三者的に眺めていますだけだったのですが、直接に体験したくなって来たのであります。

それでその者と一体になりきりまして、自分があたかも間違ったり喜んだりしていると思い込むように、振る舞って来たのです。

 

例えば、失敗や成功というものを体験するには、まず不完全な状態になりまして味わう必要がありました。

完璧なままでいましたら、失敗しますこともなければ、成功とはどういうものかもわからなかったからです。

そして、そうしたことを続けて行きますうちに、自分の本質が何だったのか、わからなくなってしまいました。

 

それでも本質を失ったわけではありませんので、ときに無意識に感じ取りましたり、突き動かされましたりします。

十分に体験し尽くしましたなら、そこから離れる術を学んで行かなければなりません。

ほんとうの自分とは限界のない無限の存在でありますことを思い出して行きますには、どうすればよいのでしょうか。

 

 

豊かになろうという思い

アウトプットし続けることで結果的に豊かになって行くのかもしれませんが、しかし積極的に豊かさを求めて行くことも流れを自ら作って行く上で欠かせないように思います。

 

表現力の豊かさから、食べものの豊かさや心の豊かさ、自然環境やエネルギーの豊かさ、豊かな想像力と創造力などを追い求めて行きたいと思うのです。

 

もともと豊かであることを思い出しさえすればいい訳ですが、望むことから直実に手に入れて行くことからスタートすればいいので、まずは表現力を身に付けることから私は始めました。