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準備を終えて本番を生きる

 

ひょっとして、一生を準備だけで終わってしまうこともあり得ました。

幸い自分の人生を生き始めてから、生きている間に準備期間を終わらせるタイミングにも出合えたことは有りがたいことです。

 

なぜ自分は今それをしているのかと絶えず意識することと、そのことに気づくということがなければ、今の自分はなかったと思います。

残念なことに周りの人のほとんどが、本番を生きずに準備としての人生を送っており、その現状を変えたくてこうして毎日動画を撮っています。

 

世の中が何かおかしいと感じていても、これまで通りの生き方をズルズルと続けている人が大半ではないかと思います。

その状況を変えるには、自分を変えて行く以外に道がないことに気づいて欲しくて、私も出来る限りのことをやって行こうと覚悟を決めました。

 

 

初心にかえってみました

何のために動画を撮っているのか? 人に役立ちたい、成長したい、人とつながりたいということでした。

しかし動機がこれだけで、1000本以上撮ることをめざすには弱いように思いました。

 

現にいまエネルギー不足に陥っていることからも明らかで、いまの課題が見えてきました。

ただ伝達スキルを磨くことを前提に続けて行くことで、間違いなく自分自身に力が付くことだけは確かだと言えます。

 

 

やりたくないことをやる

これだけはやりたくないことを敢えてやってみると、何でも出来るではという境地にもなれたりすることもありました。

また、こわいものなしに近い思いにもなれ、今まで味わったことのない不思議なエネルギーが湧き上がって来たりします。

 

やってみてどうってことがなかった!このことの発見と体験は大きいものがあります。

 

 

秘訣は静かな時を持つこと

 

動画を撮り続けたり、決めたことを行えるのも、心と体のフォローが大事だとつくづく思うのです。

成功した人たちというのは、むしろ心と体の管理に長けていた人たちだったと言えるような気がします。

 

特に、心にゆとりと平静さを保ち続ける努力は、何かを成し遂げる上で不可欠のように思います。

要は心と体、静と動、あるいはインプットとアウトプットなど、それぞれのバランスを上手く取っていくことでした。

 

 

祈りは通じるもの

 

これまでたいがい上手く行った時というのは、そこに必ず祈る思いがあったことに気づきました。

挫折を味わったあとで転機が訪れたのも、現状を何とかしたいと願い祈る気持ちでいました。

 

こうして動画を撮ることも私にとっては祈りそのものです。

ありのままを伝えられますように。役立つ記事がたくさんアップロードできますように。

これから出合う人たちの幸せを祈り続けられますように。

 

 

 

20歳の顔と今の顔

 

こうして動画を撮るまでは自分の顔を見るのもイヤだったのが今はまったく平気です。

むしろこれまでのことがすべて刻まれている顔に、自分で言うのも変ですが敬意を払いたいぐらいです。

 

見慣れたということもあるかもしれませんが、この大きな変化に希望を感じています。見方が変わると考え方感じ方も変わっていきます。

動画を撮るだけでもこういう体験ができるのでぜひお勧めしたいです。