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何が大切なのか

 

普段の生活を振り返りますと、何気なく考えていますことが意外に多いものです。

何を思いめぐらすかで、人生そのものが大きく異なって行くという仕組みが少しずつわかって来ました。

 

何についてどのように考えるかは、まったく自由であります。

しかしそれに気づかずに、特定のことばかりを考えていましたり、どうでもいいことにこだわっていたりしている場合がほとんどです。

 

そして肝心な点や本当に大切な事柄には、目が行き届かないのが現状なのです。

昨今は手軽に各情報が入手できますので、いつの間にか不必要な情報に取り囲まれてしまって身動きが取れなくなっています。

 

しっかりと心の中を整理して何が大事なのかを、絶えず確かめる必要があります。

いま自分は、霊的人生を着実に歩んでいるだろうか。

すべてを霊的視野で眺めているだろうか。

霊優位で考え行動するように、努力しているだろうかと。

 

 

霊優位の努力

 

心の持ち方が、自分の全てを決定します。それがようやく、わかりかけて来ました。

たとえば意志が曖昧な状態でありましたら、つい安易な方向へと考えるようになって、そのように行動してしまいます。

 

身の回りには悪に引きずり込んだり困らせたりするような霊たちや想念が漂っているからです。

はっきりとした意志を持って臨んでいますと、そうした影響を受けることはないのです。

 

弱気になったり落ち込んだりして自分から波長を下げなければ、低い波動の事象に同調することはありません。

毎日の生活において霊優位に維持できないときがあったとしましても、あきらめずに努力しますのが何よりも肝心なのです。

 

少しずつ改めて行きます以外に道は見当たらないとしましても、それが精一杯であるなら由としなければなりません。

目指すところのビジョンを、いつも携えていますのが大切です。

 

 

霊的な生き方へ

 

自分の置かれています状況について分かりましたのは、次の通りです。

いまは準備のために肉体をまとって地上界におりますが、いずれは肉体を脱いで霊界に入り、そこから本格的な生活が始まるということです。

 

限りなく霊的に成長しますことこそ、最高の喜びでありますのを実感するのです。

そのためにも大事なことは、この世にいる間に霊的真理について、すっかり学び終えて理解しておく必要があります。

 

また、できるだけ心を清純に保ち、利他愛の精神を基調とした生活を心がけなければなりません。

すぐにできなくとも、そのように努力しますのが大切なのです。

 

 

友愛の精神

 

F・C・スカルソープ著「私の霊界紀行」によりますと霊界の上層界では、そこの住民は自然に友愛の念を発散していると言います。

この友愛の精神がいかに足りないかを自覚していないことが、人に対してあんな軽はずみな言動を許していたのでした。

 

自分がこんなにも冷淡で、無慈悲であったのかと驚くのでした。

人を批判して嫌みを言うような態度は、二度とさせない決意で改心しなければならないと思うのです。

もうこれ以上、悔恨の思いを重ねたくありません。

 

もしかしまして、以前にも似たような過ちをやっていて、そのときも大いに反省したという記憶がよぎって参りました。

それを考慮しますと、根が相当深いのを思い知ります。

 

好ましくない態度を取り除きますには、それに取って代わる新しい態度を養って、それを身につける必要があります。

そこで、友愛あふれる自己を引き出して、常にそうでありますように努め監視して行くことから始めます。

 

 

経験からの学び

 

魂からの語りかけは感情と思考、経験を通じて絶えずあったのですが、それらに耳を傾けて来なかったのではないかという指摘でした。

確かに気づかないで無視して来ましたのは、全面的に認めます。せっかく経験した内容を、自覚さえしていない場合も多々あったように思います。

 

本気になって経験から学んでいましたら、より高い境地に立って物事に対処できていましたに違いありません。

例えばいま、いろいろな制約の下で生きております。ここからどのようなメッセージをくみ取ればいいのでしょうか。

 

そう簡単には思い通りに事が運ばないというのは、裏を解せばもっと深く考える機会を与えてくれていると思えます。

違った角度からの思考を促すメッセージと受け取れます。あきらめずに、どれだけの強い意志を持って臨んでいるのかを試されているのかもしれません。

 

それでは自分が完璧ではないという体験を通して、学べます点はどんなものがあるでしょうか。

まず、限られた範囲の知識と思考パターンの中で、どのような最大限の成果が得られるかを考えて行けばいいと言えます。

 

次に、その成果を得るためにはどうすればいいのか、持てる知識を総動員しまして実行項目を練り上げます。

そして、その中ですぐ取りかかれるものから順に実践します。もしも成果が得られなかったときには、最初からやり直してみます。

 

以上のように考えてみましただけでも、経験から学べるものは実に多いというのがわかります。 ※参照「神との対話1」

 

 

真実は感情の中に

 

魂とコミュニケーションするには、どうすればいいのでしょうか。「神との対話」によれば、魂は感情を通して語りかけていると言います。

自分が感じています、その中に多くの真実が含まれていると言うのです。

 

ではいま何を感じているのかを探ってみますと、特にこれといったものは見当たりませんでした

しかし、先ほど仕事のことを考えていましたとき、落ち着かない感じがしていました。

 

その原因を考えてみますと、商品が売れ残ったという現象に対して不安を感じていました。

お客さんに気に入ってもらえなかっただけですのに、どうしてそんなに深刻に受けとめるのでしょうか。

 

仕事は順風満帆でなければ、食っていけないのではないかという恐れを持っていました。

でも実際に食っていけないほどに困ったことは、いままでに一度だってなかったのにです。

 

もし、こうした感情が魂から来ているとしましたら、何を伝えようとしているのでしょうか。

売れ残らないほどに、もっと仕事に打ち込めと言うメッセージなのでしょうか。

 

あらゆる努力を傾けて、これ以上は考えられないほどの緻密さで仕事をしているかと問われれば、もちろんとは言い切れず、そういう意味では激励であります公算が大です。

ここまで来まして、ようやく魂の真意を受け取ることができたように思います。

 

 

すべてを思う

 

なぜ、みんなのことだけを考えて行くのでしょうか。それがほんとうの自分と同調できます領域に、もっとも近いからではないでしょうか。

個別の意識から抜け出しまして距離を保つには、最良の方法と思われるからです。

 

それは親元を離れた自分が親を思い、慈しむ心を呼び覚ましてくれるようなものなのです。

みんなを思い描こうとしますと、そのみんなから祝福を受けているように感じます。

しかも、ずっとこれまで祝福されていましたのに気づかされます。とても癒やされます。無条件の愛とは、このことでありました。

 

自分とは、いったい何だったのでしょうか。そこでは自分というものが、どこにも見当たらないのです。

しかし現実の中に意識を戻しましたら、自分といういつもの感覚にいるのです。

個別意識と全体意識の違いを垣間見ましたように思えます。ほんとうの自分は、全体意識とつながっていますのが理解できたような気がします。

 

意識面でみんなとつながっているとは、こういうことでありました。

そのつながりを無視しますことで、個別意識が表れて来るのでした。出来るだけ、みんなに意識を合わすように心がけます。

どちらの意識に焦点を合わせているのか、それを意識しておくのが重要なことのように思われます。

 

 

観察に専念する

 

主に黙想を通しまして、自分を観察するようにしています。

当初は思考します自分と観察しています自分とを、同時に共存させますのがきわめて困難でありました。

ある考えに、はまりきってしまうか、あるいは観察の視点をもつときかの、どちらかでありました。

 

ごくたまにでありますが、想念をいだいていますところを、離れて見ている状態になれる瞬間がありました。

このまま時間をかけて行っていきますと、観察者の目で自分の思考や感情を追って行けそうに思います。

 

ここで注意しなければいけないことがひとつありました。観察する側に立った自分は、ただそのことだけに専念し続けます。

このとき、決して思考をコントロールしようとしてはならないのです。

あるとき誤ってそれをやりまして一瞬、頭がおかしくなって混乱してしまいました。もう二度とやるまいと思いました。

 

自分の心をただ見つめるだけに集中しておりますと、時間の経つのがとても速いように感じます。

そこで次からは、思考や感情をどれだけ詳細にわたって眺められるのか、そこに気をつけながら進めて行きましたら、もっと時間を有効に使えそうな気がいたします。