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信頼というパワー

 

大切なことは、もっと宇宙を信じ、自分自身を信じて行くことなのです。どこまでもまっすぐに伸びている道があります。

信頼する心が導いてくれます。信頼から大きなパワーが得られます。自分を生かしています宇宙の力は完璧です。

 

いま手にしています結果は最良のものであり、今後得るであろう結果も最善のものなのです。

だから迷わず、目の前のことに自分のベストを尽くせばいいのです。

 

また、優しさと思いやる心を持ち続ける重要性は、想像している以上に大きいことが伝わって来ます。

ほとんどの人たちは様々な制約によって雁字搦めに成りながらも、それでも生き抜いて行こうとしているのです。

人々の幸せを祈らずにはおられません。宇宙の心は、どの人をも慈しみ等しく愛情を注がれているのです。

 

 

信頼と感謝の念

 

人生においてあるいは他者に対しての、信頼と感謝に満ちた態度はどのようにして生まれ、身に付けて行けるものでしょうか。

なぜ片時も忘れないほどに信頼できていないのでしょうか。いま自分の置かれています状況を正しく認識していないからでしょう。

 

こうして存在していること自体も奇跡でありますのに、そのことにさえ気づいていないのです。

どうしてでしょうか。人間や自分自身に対する無知、これが最大の問題と言えるかもしれません。

 

どうすれば、自分についてもっと知ることができるのでしょうか。もっと知ろうと欲するのです。

人間とは何でしょうか。自由意志を行使して霊的に成長する存在だと言えるでしょう。

 

なぜ人類は生まれ出たのでしょうか。創造しそれを体験するためだと思われます。

実際、それらを可能にします大いなる力が常に働いているのです。

一瞬たりとも忘れられたり見捨てられたりすることなく、支えられていないときはないのです。

 

いついかなるときも命は脈動し、その生命の息吹が感じられるでしょう。

それがわかれば、どうして信頼と感謝の念が湧いて来ずにいられましょう。

 

 

ポジティブな態度

 

どのようにしましたら、ポジティブな態度を常にとり続けられるでありましょうか。

揺るぎない信頼が、そこにはあるように思われます。何に対しての信頼でありましょうか。

 

霊的な存在としましては、一身に受けます愛の大元であります大霊への絶大なる信頼と感謝が上げられます。

いつも自分に降り注がれております、愛のシャワーに気づいていなければなりません。

 

また、大霊の限りない愛に値します自分自身への全幅の信頼があります。

みなぎる信頼と感謝に裏打ちされた、自信あふれるところから楽観的な態度が生まれるのではないかと思います。

このポジティブな態度から、更に一層信頼の度合いは増して行くのです。

 

 

人間の本質をたどる

 

人類や宇宙を創り上げました創造主、大霊は愛だとも言われ、その分霊であります私たちも愛からできていると言われます。

しかし実際のところ恐怖心は嫌と言うほど味わって来ましたが、真の愛についてはほとんど何もわかっていないのが現状です。

 

ですから人間の本質をどこまでもたどって行きましたら、その愛の一端に迫れるような気がするのです。

一方では、愛というものがいかに尊く素晴らしいものであるかを知るために、対極であります恐れに満ちた体験から多くを学ばなければならなかったのでした。

 

いったい、恐れから何を学んで来たのでしょうか。

避けようとしたり逃げたりしましても無駄だと知り、勇気を出して恐れているものと向き合うことです。

なぜ恐れているのか、その究極の原因を直視することです。

 

決して一人ぼっちではなくて常に見守られており、揺るがずに信頼すること、などが上げられます。

これらを今なお学んでいるところです。

 

そのように生きる

 

元々完璧であり満たされている存在にとりましては、完璧であるとはどういうことなのか、満たされるとはどのようなことなのか、わかりようがありませんでした。

そうでない状態を体験してみない限り、理解することはできなかったのです。

 

体験的に知るためには、完璧で満たされているのを完全に忘れて、完璧ではなく満たされない自分を充分に経験する必要があったのです。

いま、まさにそのような状況を体験し尽くしているところだと言えます。

 

完璧で満たされた本当の自分を失ったわけではなくて、ずっと一緒であったのに気づくのです。

全幅の信頼をもって内なる魂と接触をはかり、その声に従って生きて行かなくてはなりません。

 

だからと言って、すぐに接触できるものではありません。できますのは望みを明瞭な形にして、それを黙想を通じて意図するのです。

 

 

より高い自分

 

本質に気づかないよう思考回路は分断され、身体的に改造されているのですから、自分がつねに低い周波数に立ち戻ろうとしますのも仕方がありません。

そのことに気がついていますだけでも、それに見合う適切な対応は可能だと思います。

 

自分の持てます数少ない機能をフルに使いまして、自力で一歩ずつ本来の性能を回復して行くのです。

そこで必要になって来ますのが、まず明瞭なビジョンと愛に満ちたハート、そして信頼であります。いま考えられますビジョンほかは、次のようなものです。

 

私の内の暗闇にことごとく、光を行き渡らせるのを意図します。私に起きるすべての出来事を前向きにとらえ、それを愛で強化して放って行きます。

もしも恐怖心が襲ってきましたら忌み嫌うことなく、愛の周波数で受けとめますように意図します。

 

私は自分の考え、そのものが自分の世界を創り上げていますのを重々承知しており、そうした力を持ちます自分を限りなく信頼します。

私の内にあります、より高い自分を発見します喜びを、すべての意識と分かち合えますことを意図します。

親愛なる神よ、私の意図が成功裏に終わりますように勇気と行動力と忍耐とを私にお与えください。

※参照 バーバラ・マーシニアック著「プレアデス+かく語りき」

 

 

心に刻みつける

 

自分が何者であるかを忘れてしまった体験者の自分といいますのは、好き嫌いという嗜好をもって判断し、限られた範囲の中でしか物事を考えられないのです。

ですから、いくら考えたとしましても思い出せないのは当たり前です。

 

ほんとうの自分を思い出すためには、観察者であります存在がつねに自分と共にいますのを忘れてはなりません。それは魂あるいは良心とも呼ばれます。

まず、そうした自分を導いてくれます神のような存在がいるのを、ほんとうに信じているかどうか。

 

また、ほんとうに自己を信頼しているのかどうかを問うのです。正直なところ、こんな大切な存在を軽視してやって来ました。

一刻も個人的な意思を手放しまして内なる声にしたがって、生きますにはどうすればいいのでしょうか。

 

これまで取り仕切っていました自分の頭脳や身体を明け渡します。魂の意向に沿って生き始めます。

思い出しますのは、ほんとうの自分が観察者であり、内なる神であり、魂であることです。これを何度も心に刻みつけるのです。

 

 

永遠の存在

 

これまでの最大の間違いは、やがては老いて朽ちて行きます肉体を自分だと思って来たことです。

この人生で体験するための借り物でしか過ぎない身体を、自分だと信じ込んでいたのです。

 

ほんとうの自分とは、様々な体験を味わう主体であり永遠の存在である意識でもあります。

これまでも、そしてこれからもずっと未来永劫、完璧な存在としてあり続けるのです。

 

この次元での役割を終えましたら肉体は死を迎えますが、私は別次元へ移って行き、別の使命をもって再び新たな人生を生きるのです。

ですから、死を恐れる必要はまったくないわけです。

そのときが来るまでは、この人生でやれますことに集中して取り組めばいいのです。

 

本来ならば、不安になったり心配したり悩んだり落ち込んだりする理由はどこにも存在しないのです。

また、五感がとらえます周波数の世界というのは、全体の極々一部分でしかありません。

 

もっと広大な世界に目を向けて、そこへアクセスする術を身に付けて行かなければならないのです。

たとえ、どんな絶望的な状況であろうとも自暴自棄にならず、どんなに悲惨な運命に遭遇しようとも自分を信じ、あきらめたりしなければ幻想に打ち勝つことは出来るのです。