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旅人を演じる私たち

「旅に終わりはない」と言われたりしますが、人生の旅では、その終わりがいつやって来るのか
、まったく予想がつきません。

ずっと続くかのように思っていても、かならず終わりのある人生を、どのようにして過ごすのかはすべて個人個人に任されています。

どんな風に過ごすのかは自由であるとしても、なぜその人生というものが与えられたのか?
その理由はまちがいなくあると思うのですが、すぐには答えられないものです。

中学生のとき私はこの問いにぶつかりその答えを探し求めましたが、そのうちに頭の片すみに
追いやったままにしてしまいました。

この問いと改めて向き合う必要性を感じ続け、ようやく心の準備がととのったことを知ります。
なぜ未熟な自分に人生というものが与えられたのか? 

未熟であるがゆえに困難な状況を自ら招き入れて、そこから自分自身を引き上げていき、成長していくそのプロセスをひとつひとつ体験すること。そして、それを旅仲間と共に分かち合おうと願ったからではないかと思うのです。

人にすることは自分にすること

あれほど、人にしたことが自分に返ってくることをまざまざと
実感できた体験は、今まで1度もありませんでした。

20年以上前、農業に新規参入して順調なスタートしたものの
その後、出荷先に困る状況が続き完全に行き詰まっていました。

生産意欲をすっかり失くしていた頃、地元で直売所がオープン
しました。

組合員になり野菜やパンを出品しましたが、今一つ身が入らず
仕事に張りあいを感じなくなっていました。

そして6年後、組合の代表を引きうけて初めて販売の仕事にも
たずさわるようになりました。

それまで自分のことだけで精一杯という枠がはずれ、みんなの
ものをどうやって売っていくかを真剣に考える毎日でした。

眠っていた自分の力を試す機会となり、人のものを売ることに
今までにないおもしろさを見出したのです。

人づき合いが苦手だったのが、人と対等につき合うすべも身に
つけることができ、自身の成長の手応えを感じていました。

人に尽くすという行為がこんなにも幸運をもたらすことに驚く
と同時に、自分を見直し自信をもつキッカケにもなったのです。

1日1食の体験記19~本来の力を取りもどす

朝食は野菜スープと生サラダとパンを、
お昼は野菜をはさんだサンドウィッチなど
となっています。

この2食をとった翌朝は、お腹が重く
食べ過ぎだと感じていても
1食だけの生活に踏み切れませんでした。

しかし食べたいという思いとお腹の状態は
一致していないということがよくわかりました。

そして今回ようやく1日1食に再度チャレンジ
するときが来ました。

なぜ、やる必要があるのか、その理由をしっかり
落とし込み、その決心を固めたところです。

これからまた、その再挑戦の体験記を書いて
行こうと思います。

信頼することの力を実感

信頼することの力を実感

1人で出張販売に出かけましたが、現地で手伝ってくれる方が2人現れて大変
助かりました。最近、困るようなことがほとんどなくなったような気がします。

お店のほうもパートさんたちが十分に動いてもらえて自分のすることが少なく
なり、時々の相談事にもじっくり耳を傾けることができて有り難いことです。

見渡せばもう十分信頼していい環境下にあることに気づきます。結局は自分の
態度如何だったということをつくづく思い知るのでした。

その都度その都度、浮かんでくる不安などを振り払って相手を信頼する方向へ
シフトしながら仕事を進めて行った結果が今の現状だったのです。

半信半疑なところが自分にあったのも事実ですが、しかし今の生き方を確信し
ていい時期に来ていること。後はそれを自分が認めるだけでよかったのです。

1日1食体験記16~元の身体で再挑戦へ

1日1食体験記16~元の身体で再挑戦へ

お腹にいつも食べものがある重い場合と、お腹に食べものがない軽い状況を
体験してみて不思議に思いました。

お腹は重いが疲れを感じることはないという現実に対して、お腹は軽やかな
のに全身に力が入らないという現実もありました。

単に身体が慣れていなかったからだと思っていますが、その大きなギャップ
には驚いてしまいました。

身体にとってはどっちが好ましいのかは、実感してみて明らかに軽やかで1
食を十分に味わえる状態のほうだと思うのです。

また時間的にも精神的にも1食の時はゆとりの感じ方が断然違っていました。

ぜひとも1日1食を定着させたいという思いは強く、今のところやってみる
以外に選択の余地はないようです。