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こき使われる

 

「なぜ、いつもこき使われなければいけないのだ」と、こぼすことがあるとしたら、それがいま取り組むべき課題であり、向き合うときなのかもしれません。

再度「こき使われる」ことを取り上げてみました。

 

もし職場や家庭、あるいはそれ以外のところで、自分は「こき使われている」と思うときこそ、大きなチャンスです。

ほんとうは「こき使われている」のではなくて、幸運にも人に尽くせる場に自分はめぐり合えたからです。

 

さらに言えば、こうしたチャンスを自分から招き寄せたということにも気づかなくてはなりません。

でも自分には、まったく身に覚えがないと言い張るかもしれませんが、現状からすればこういうことであり、またそう受け取るほうが賢明なこともわかるでしょう。

 

不平不満を言っている場合ではなく、自分が願ったことが実現しているのであって、このことについてむしろ感謝し喜ぶべきであり、そうした状況にいま自分がいるということに気づくことです。

まず「こき使われている」と思うこと自体を直ちにやめ、自分はその人に尽くそうとしているだけ、と考えるのです。

 

なぜ、自分の本心は人に尽くそうとするのか?それは自分をもっと磨くためなのです。

尽くす立場に身を置くことで、つねに自分の最高を差し出すことに余念がないからです。

そういう意味で人に尽くすとは、自分に尽くすということでもあるのです。

 

特に自分のうちに謙虚さを大きく育て上げて、これ以上に自分を高めてくれるものはそう多くはありません。

人に尽くしていくという生き方は、あらゆる人との信頼関係を揺るぎないものにします。

 

どんどん、自分を人にこき使ってもらうことです。

いまの段階では人にこき使われて、そこではじめて、その人に尽くすことができるのですから。

鍵は自分がもつ

 

なぜ自己成長を目指すのかという点について、改めて考えてみました。二十代の半ば頃の話になります。

勤め先の研修合宿で、自己の能力が引き出される体験を何度かしました。それ以来、自己啓発の研修やプログラムに興味をもつようになりました。

自己啓発に関連する本を読んでみたり、自費で社外研修に参加したりするまでに関心が高まっていました。

 

どうして自己成長に無関心ではいられないのか、長年の疑問でもありました。

あるとき、他のすべてのものがそうであるように、人間も誕生した瞬間から進化の道を歩み、進み行く存在であることを知り少しは納得できました。

しかし、どうして人間は自己成長する必要があるのか、よくわからないままでしたが、仮説を立ててみました。

 

人間が社会生活を営み生きていく上で、対人関係は避けて通れません。いかに相手と良好な関係を築くかが、いつも求められています。

人との間でトラブルが生じるのは、双方が共に人間的に未熟であったときです。

もしも、どちらか一方が、高い視点に立って相手を理解しようと努める人であったり、より広い視野で物事をとらえたりできる人であれば、問題の起こりようがないはずです。

 

相手がどのように出て来ましょうとも、自分がつねに賢明な態度で接してさえいれば、友好的に話は進んでいくものであって、少なくとも悪化するとは思えません。

ですから、人間関係を築くにあたって重要な点は、相手の言動を変えることではなく、自分がどう対応すれば最善なのかを考えることです。

 

人間関係を豊かにする鍵は、自分が握っているという自覚があればこそ、可能な限り自分を引き上げる必要に迫られて来るものです。

これが成長をめざす、ひとつの理由と言えるのではないでしょうか。

 

好き勝手な行動を許す

 

人との関係が上手く行っていないとき、次の質問をしてみることです。

自分は周りの人たちに、好き勝手な行動を許しているだろうか?

 

とかく人のことを、批判する目で見がちです。

そうしたことが続くと、徐々に関係がギクシャクして来ます。

そんなとき周りの人たちに好き勝手な行動を許すだけで、関係が改善できます。

 

私たちは両極端を行ったり来たりして、ダンスを楽しむために生きているのです。

これは自分自身に対してにも言えることなのです。

 

 

もし何らかの怖れを感じているときは、ありのままの自分を出し切っていない可能性があります。

自分にどんなことも自由に表現していいんだと認めれば、怖れは消えてなくなります。

 

本来の自分というものは、もともと変わることのない存在です。

しかし様々な経験をするために自由意思を与えられ、この相対的な世界に生まれて来ました。

 

例えば辛い体験をすることによって、はじめて楽しい体験というものがわかるのです。

辛いことを味わったことがなければ、嬉しさを存分に味わうことはできないのです。

ですから、どんなに辛くても決して逃げてはならないのです。

 

辛い場面で、いま自分は体験しているんだと、第三者の目で自分をとらえることが大切です。

どんなこともそうですが、自分がすべての状況を引き寄せているということです。

つまり必要なときに、必要な体験を自ら選んで、創造しているのです。

 

自己成長を願い、自分の内面がそうした困難な状態をつくり上げているとも言えます。

しかし意識が拡大していくに従って、こうした厳しさも軽減して行くものです。

相対的な世界では、こうしたことを理解しておくことです。