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旅人を演じる私たち

「旅に終わりはない」と言われたりしますが、人生の旅では、その終わりがいつやって来るのか
、まったく予想がつきません。

ずっと続くかのように思っていても、かならず終わりのある人生を、どのようにして過ごすのかはすべて個人個人に任されています。

どんな風に過ごすのかは自由であるとしても、なぜその人生というものが与えられたのか?
その理由はまちがいなくあると思うのですが、すぐには答えられないものです。

中学生のとき私はこの問いにぶつかりその答えを探し求めましたが、そのうちに頭の片すみに
追いやったままにしてしまいました。

この問いと改めて向き合う必要性を感じ続け、ようやく心の準備がととのったことを知ります。
なぜ未熟な自分に人生というものが与えられたのか? 

未熟であるがゆえに困難な状況を自ら招き入れて、そこから自分自身を引き上げていき、成長していくそのプロセスをひとつひとつ体験すること。そして、それを旅仲間と共に分かち合おうと願ったからではないかと思うのです。

幸せは、いまここに

幸せでないときなど、本当はなかったのです。
当たり前のことの中にこそ、幸せが満ちていました。

朝4時過ぎに起きられたこと、
いつものようにパンの作業を今日もやれたこと、
朝食を今朝も美味しくいただけたこと、

寒けりゃストープを点けて温まることができ、
また出すものは出せてスッキリできたこと、

こうしていまも生かされていることに
不思議な思いと共に
有りがたい気持ちが湧き上がります。

毎日、平凡な日常の中、平凡に過ごせること、
このことが一番の幸せであることに
少しずつわかりかけて来たように思います。

もし仮に非日常なことが起こったとしても
動じることなく冷静に受けとめ、
対処できるこころが
養われつつあるように思うのです。

自分の考える方向に向かうもの

今のまわりの現状というのは、
自分の考えが反映したものであることを
素直に認めてみますと、
自分のことがよく見えてきました。

収入がなかなか増えなかったのも、
絶えず「なかなか売れない」という
言葉をくり返していたからでした。

よく売れる日もあれば売れ残る日もあるのに、
売れない方にばかり目が行き、
つぶやいていたのです。

この状況を変えるためには、
望まないことでなく
望むことだけに焦点を当て、
つぶやき続ける必要がありました。
「どうしたらもっと喜んでもらえるか」

お客さんは、あることを求めていました。
それは、いつもとは違う何かをでした。
非日常的なこと、ちょっとした感動を
味わってみたいということだったのです。

その突破口は、まず私が望むことを
もっと大胆に声高にかかげて
その通りに歩む必要がありました。

もっと主張したとしても
誰にも迷惑はかからず、
かえって喜ばれることを知りました。

更に気づいたことは、
人が『最高の人生を生きる』ことに、
少しでも自分が貢献できたなら、
私の人生は最高のものとなっている
ことなのです。

究極の成功と自分磨き

私の人生で、これだけは守り通したいというものを上げるとしたら、
それは何かというと「人生を肯定し受け入れる心」です。

また、これだけは到底、容認できないというものを上げるとしたら、
それは何か?「生きていく力」を損なうような考え方いっさいです。

最終的に生命を賛歌する力の一翼をにないたいと願っていますが、
いまは人生を容認して生きていくだけで手一杯な状態です。

人間はもともと無垢な形で産まれたように、また無垢な状態で
この世を去ることができれば、それが1番の理想だと思います。

せめて、それに近い形で終わりを迎えられるように、手放せる
ものはすべて手放すことが肝要だと思うのです。

自分を磨くとは、誤って身に付けてしまった思い込みや刷り込み
などを捨て去り、元の姿に蘇っていくことでもあると思います。

人にすることは自分にすること

あれほど、人にしたことが自分に返ってくることをまざまざと
実感できた体験は、今まで1度もありませんでした。

20年以上前、農業に新規参入して順調なスタートしたものの
その後、出荷先に困る状況が続き完全に行き詰まっていました。

生産意欲をすっかり失くしていた頃、地元で直売所がオープン
しました。

組合員になり野菜やパンを出品しましたが、今一つ身が入らず
仕事に張りあいを感じなくなっていました。

そして6年後、組合の代表を引きうけて初めて販売の仕事にも
たずさわるようになりました。

それまで自分のことだけで精一杯という枠がはずれ、みんなの
ものをどうやって売っていくかを真剣に考える毎日でした。

眠っていた自分の力を試す機会となり、人のものを売ることに
今までにないおもしろさを見出したのです。

人づき合いが苦手だったのが、人と対等につき合うすべも身に
つけることができ、自身の成長の手応えを感じていました。

人に尽くすという行為がこんなにも幸運をもたらすことに驚く
と同時に、自分を見直し自信をもつキッカケにもなったのです。