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意識を意識する

 

車の運転している最中に、どんな行動を取りますかは、そのときの意識状態で大きく異なるのに気がつきました。

愛を意識していますときは、ていねいな運転を自然とやっていますが、いつの間にか通常の個別意識に戻っているのです。

 

信号のない交差点に差しかかっても、左右の確認をおろそかにして先を急ごうとするのです。

そんな独りよがりの行動を平気でやっておりました。

 

個別意識の自己中心的な性質が、ハンドルを握ると顕著に表れていますのには驚きます。

これでは周りに何らかの害を与える可能性が常にありますので、この通常の意識状態を何とかしなくてはなりません。

そうは言っても手強い相手でありますし、一筋縄では行かないのは確かです。

 

個別意識を敵視したり、無視したりしても無駄でありますどころか、かえって身勝手さを助長しますことにもなりかねません。

どのようにして、個別意識と折り合いを付けて行くのか、それを考えますほうが得策のようです。

 

愛や幸せという言葉だけよりも、それをイメージにして心に満たし、それを絶えず意識できるようになるには、どのようなステップを踏めばいいのでしょうか。

人生の大半を、この意識のもとで生きて来ましたから、それを変えて行きますのは容易ではありませんが、何とかしてやって行かなくてはと思うのです。

 

 

 

自分を振り返る

 

昨日、求めていましたテンピオーブンをオークションで見つけまして、落札できました。

近いうちに商品が届く予定でありますが、今日は朝から何か落ち着かないところがあります。

どうしてそうなのか、自分の思いをたどってみました。

 

先日、台風の影響で早朝の3時間あまり、停電に見舞われました。ちょうどパンを焼き始める時間帯でありました。

最初はすぐ復旧するものと思っておりましたので、たいして気にかけておりませんでした。

 

ところが30分、1時間たちましても電気は止まったまま、電気オーブンが使えない状況が続きます。

その間にも、パンの生地は発酵がどんどん進んでいきまして、とうとう廃棄という事態になってしまいました。

 

このときのガスオープンさえあったら焼けていたのに、という悔しい思いから、停電になっても使用できるオーブンを探し始めるのでした。

ガスオーブンで焼きますと、電気オーブンより味がよいことも、頭から離れなくなっていました。

 

ガスコンロを使用したオーブンが、どこまでガスオープンの味に近づけられますか、まったくわかりません。それでも、どんなパンが焼けるのかとワクワクしておりました。

 

あまり期待しすぎますと、その通りに運ばなかったときの気落ちの度合いも大きくなりがちです。そのように考えていますと、どうにか落ち着いてきました。

もっとも、テンピオーブンで焼けますパンの量は少なくて気休めでしかないわけですが、試作品をたくさん焼いて楽しみたい気持ちがそこにありました。

 

送られてきますのは、30年以上も前に流行しましたピーステンピの751型コンロ上置きオーブンであります。

いまアウトドア用品として、テンピオーブンに人気が集まっています。今回はテンピの紹介で終わりそうです。

 

 

身近にある豊かさ

「豊かさは自ら産み出すものだ」という言葉の意味がようやくわかりかけてきたように
思います。もっとお金やものが豊富にありさえすれば、豊かになれると思うのは錯覚で
あり大きな誤りでした。

真の豊かさは外側にあるのではなく自分の内面の心で、見出すことで生じるものでした。

同じ状況を目の前にしても、そこにあるあらゆる豊かさをどれだけ感じ取れ、どれほど
深く考えられるかで、その状況は豊かに思えなかったり、豊かさに圧倒されたりします。

受け取る側の意思と能力によって、豊かさがそこにあることやどんな豊かさを認めるか
目にしたものの解釈はまったく異なってくるということです。

自分が見ようとせず認めなければ、豊かさというものは現れて来ないものであることを
豊かさを求める場合には理解しておく必要があるように思います。

自分が望むものはすべて持つことができ、想像するものはすべて実現できるというのは
認識を高めた意思の力で、それらは現出できると言っているのだと思います。

計画を終えてから、その日を始める

計画を終えてから、その日を始める

「その日の計画を終える前に、その日を始めてはいけない」
この言葉を聞いて、私はハッとしました。

これから迎える1日1日を、何の計画も立てないで、
その日を始めることの“愚かさ”に気づいたのです。

自分がその日をどう過ごしたいのか、前もって意思表示せず
どうやって望むことが実現できるというのか。

計画通りに行かないこともあるかも知れないが、
それはそれで構わない。

軌道修正する必要性に気づけただけでも有り難いことです。

計画のない成り行き任せの人生に、
幸福や成功、生きがいはあり得ず
苦労ばかりで報われないことにやっと気づけたのです。

なぜ今まで、思う通りに行かなかったのか。

ボンヤリと考えていただけで、はっきりと明確に望むことを
宣言したり表現しなかっただけだったのです。

だから今すぐ、やるべきことは
計画を立てること、つまり
自分の思う通りにやってみることなのです。

信念の奇跡について

ブリストルの名著『信念の奇跡』が読みたくなって
先日読み終えました。
そのなかで、はっと気づき理解したことがありました。

これまで歴史上に登場した多くの英雄や偉人たち、そして
現代のあらゆる成功者がおこなっていた唯一のことを
かいま見たように思ったのです。

それはどの人物も例外なく、確固たる『信念』を持ち続けて
いたということです。

自分の成しえたいこと、大意の実現を信じきり、
人々にも自分とおなじ思いを抱かせるまで、
その信念をつらぬき言葉を尽くしてなんどもくり返し主張していたことです。

そこから私が理解できたことは以下の通りです。

成功するためには、まずやり遂げたい夢が自分の確固たる信念になるまで、
その夢を寝てもさめても四六時中、なんどもくり返し潜在意識にきざみ続けて
落としこむことが必要だということです。

そうすることで潜在意識にかなえたい夢がようやく届きはじめて、
潜在意識のもつ無限の力の助けがえられるようになるからです。

同時に、まわりの人々やあらゆるものの支援もえられる下地が整うということです。

また潜在意識に落としこむ際は、強力なのが鏡に映る自分に向かって
絶えず、何をしたいのか?どこへ向かいたいのか?
と自分の目をみて聞いてみることです。
夢を抱く自分自身を揺るぎないものにするためです。

さらに一人でいるときは、からだの力を抜きリラックスして
受け身の状態で心に届く声に耳をすますようにして、
その声を聞きのがさないこと。
そしてその声にしたがって即、行動をおこすということです。

私はようやく「信念を生きる」という意味がわかりかけてきました。
こんどこそ自分が変わるキッカケをつかまえたように思います。
それをはなさないように、いま気を引きしめているところです。

結果を想定し、実験をはじめる

自分の生活を含めてこの世界で起こるすべてのことは、自分が創り続けていることを完全に腑に落ちていれば、

世界で起きているあらゆることを自分ごととして受け留められるし、また何か手を打つ必要があると思えばためらわずに行えると思うのです。

 

しかし実際は自分と世界で起こることは全く別だと考えて生きており、世界で起こる出来事は他人ごととして受け留めてしまって

傍観したり裁いたり、あるいは自分にはどうしようもないこととして見過ごしているのが現状です。

 

本当のところ、世界と自分とは別なのか?それとも密接に関係しているのか?

いつ頃からそう思ったのか定かでありませんが、世界の中に自分という人間がポツンといるだけで、

そんな自分にできることは大したことがないという誤った考え方で生きて来たように思います。

 

それが大きな間違いだということに気づき、今では自分の中に世界というものを創り上げていることを認識できるようになり日々実感していましたが、それを完全に腑に落とすところまでは至っていませんでした。

 

かと言って今の私にはどうすることもできず、ただその時が来なければそれは為し得ないということだけは徐々にわかるようになりました。

5年後の「理想的な場面」を想像して、それを創造するのはほかの誰でもなく自分だということでした。すべての出来事は全く自分次第であることがわかるのです。

それを実験して試す場が、この人生だと思うのです。

心に刻む3つのこと

 

当面、以下の3つをクリアすることに力を入れるだけで、その後に大きな違いが生まれるような気がします。

ます、やる前に考えるクセをまず断ち切ることだと思います。

必要な時には自ずと思考も働くので、敢えて考えることもないのです。

 

次に自分にとってなぜ、その目標達成が重要なのか?その理由を頭に刻み込むことで、半ば達成したも同然になります。

内からこみ上げてくる願望は、その現実化の前触れであって、実現するか否かの問題ではなくなり、それを判断したり評価するのは無意味だと知る必要があるのです。

 

そして、望むことだけに注意を向け、常に望む結果のさらに先を意識して思考する習慣を身につけることです。

信頼の力

 

1人で出張販売に出かけましたが、現地で手伝ってくれる方が2人現れて大変助かりました。最近、困るようなことがほとんどなくなったような気がします。

お店のほうもパートさんたちが十分に動いてもらえて自分のすることが少なくなり、時々の相談事にもじっくり耳を傾けることができて有り難いことです。

 

見渡せばもう十分信頼していい環境下にあることに気づきます。結局は自分の態度如何だったということをつくづく思い知るのでした。

その都度その都度、浮かんでくる不安などを振り払って相手を信頼する方向へシフトしながら仕事を進めて行った結果が今の現状だったのです。

 

半信半疑なところが自分にあったのも事実ですが、しかし今の生き方を確信していい時期に来ていること。後はそれを自分が認めるだけでよかったのです。