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尿健康法 その後5

 

暑い日が続いたので先日、尿塗布する代わりに、出た尿をその都度、全部飲むようにしてみました。

合計すると500ml以上はあったと思いますが、すべて飲めました。

そしてその日、一日中、体調がすこぶるいい感じがしていました。

 

今では尿は塗るか、または飲むものであって、とてもトイレに捨てる気にはなれません。

それに常飲しているからかもしれませんが、尿が汚いものだとは到底、思えません。

 

かといって山田鷹夫さんが行われているような2時間以上かけて尿塗布する気にはなれません。

私の場合は一日一度だけの全身塗布です。

 

石鹸やシャンプーなどを使わずとも、肌はすべすべしています。

肌や頭のかゆみの原因は石鹸、シャンプーにあったと思っています。

 

そして毎朝、コップ一杯の尿を飲んで、飲み物にも尿を入れて飲むようにする。

たったこれだけのことで、快眠快便に恵まれています。

 

もし健康にすぐれない方がおられたら、試してみてください。

一週間あるいは三日間、毎朝尿を飲み、毎日尿塗布を行ってみることです。

 

それと一日三食とっておられたら、一日二食にしてみてください(一日二食の方は、一日一食に)。

食べ過ぎが原因で、体調不良になったり情緒不安定におちいったりするものです。

また食事の回数を減らした場合に、ぜひやっていただきたいことは、一口ごとに50回以上は噛むことです。

 

これまでの習慣を少しずつ変える努力を惜しまないでください。

 

困ったことに、どう対処するのか

自分が「困った状況にある」ということを別の言葉で言い換えると自分が「そのままでいることができず、何かせずにはいられなくなってしまった!」といえます。

そのとき、その困ったことをどうとらえるのか、がその後の人生を決める大きな分かれ道にはいっていきます。

 

まず困ったことの原因は、どこにあると思うのか?の分かれ道です。
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人生を何のために生きるのか

ジョン・キム氏の『時間に支配されない人生』を読みはじめて得るものが多く、
この著者との出合いにとても感謝しています。

特に、人生で何を一番大切にするのか?人生は何のためにあるのか?が
自分の中ではっきりと見えてきたことで迷いが激減しました。

私は社会人となる20代の頃から、もっと自分を高めたいという思いにかられ、
自己啓発に関することを調べたり自分で研修に参加してみたりしていました。

いろいろなアイデアや考え方などを取り入れたりして試行錯誤してきましたが、
これまで満足のいく結果はなかなか得られずにいました。

例えば、発言する場で考えがまとまらずうまく言えなかったり、大事なところで
やるべきことをやれなかったり、場違いなことをしたりして、そのたびに自分の
未熟さというものを思い知るのでした。

いまの私であれば、仮に発言する場がめぐってきても無理に何か言う必要はないし、
やるべきと思ったことが誤りで、やらなかったことが正解だったかも知れないと
とらえます。

当時は見る視界や考えたりする世界がせまくて、見えなかったり考えられなかった
だけなのです。

もちろん、いまも限界のある視野や考え方をしている点では変わらないのですが、
それを自覚しつつ少しでも広げていくこと、成長する努力を続けたいと思うのです。

なりたい自分、理想の自分

美味しいものを食べたり、欲しい物を手に入れたりと、いろいろな形で喜びが得られる
この世界は実に素晴らしいと思います。

でも私は最大の喜びは、自己成長にこそあるではないか思うようになりました。
まだ断定できるまでにいたっておりませんが、その手前に位置していることは間違い
ないように思います。

これまで外の世界に喜びを追い求めいくら得られたとしても、それは一時的で
はかないものでしかありませんでした。

結局のところ、内面で得られる喜びへと向かうことになり、元々真に満たされるものが
どこにあるのかをあらかじめ知っていた自分に気づくのです。

自分が最終的にめざすべき理想とはどういうものかは、実際に試行錯誤していくなかで
徐々に明らかにされるものだということです。

ですから最初は自分にとってベストと思える理想をかかげ、まず一歩を踏み出すことこそ
肝心なことであったのです。

ブレない自分になる

いま朝食と軽い昼食だけの1日1.5食の定着をめざしていますが、
それ以外にも口にすることが時々あります。

また、計画通りに進まない日の方が多くて、そんな自分の未熟さに
ホトホト嫌気がさすことがよくあります。

でも、そうした自分と向き合い、どうすれば改善し成長していけるのか
を考えることが重要だと思うようになりました。

未熟なところがあるからこそ、これから成長していける余地があり、
努力する必要性のあることがわかりました。

こうした大切なことを見過ごしてきたことに気づけたのは幸運であり、
これからはブレずに歩んでいこうと思います。