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好き勝手な行動を許す

 

人との関係が上手く行っていないとき、次の質問をしてみることです。

自分は周りの人たちに、好き勝手な行動を許しているだろうか?

 

とかく人のことを、批判する目で見がちです。

そうしたことが続くと、徐々に関係がギクシャクして来ます。

そんなとき周りの人たちに好き勝手な行動を許すだけで、関係が改善できます。

 

私たちは両極端を行ったり来たりして、ダンスを楽しむために生きているのです。

これは自分自身に対してにも言えることなのです。

 

 

もし何らかの怖れを感じているときは、ありのままの自分を出し切っていない可能性があります。

自分にどんなことも自由に表現していいんだと認めれば、怖れは消えてなくなります。

 

本来の自分というものは、もともと変わることのない存在です。

しかし様々な経験をするために自由意思を与えられ、この相対的な世界に生まれて来ました。

 

例えば辛い体験をすることによって、はじめて楽しい体験というものがわかるのです。

辛いことを味わったことがなければ、嬉しさを存分に味わうことはできないのです。

ですから、どんなに辛くても決して逃げてはならないのです。

 

辛い場面で、いま自分は体験しているんだと、第三者の目で自分をとらえることが大切です。

どんなこともそうですが、自分がすべての状況を引き寄せているということです。

つまり必要なときに、必要な体験を自ら選んで、創造しているのです。

 

自己成長を願い、自分の内面がそうした困難な状態をつくり上げているとも言えます。

しかし意識が拡大していくに従って、こうした厳しさも軽減して行くものです。

相対的な世界では、こうしたことを理解しておくことです。

 

 

自分の最高を引き出す力

普段、自分が考えたことや選んだこと、感じたことなどをどれだけ大切に思っているか、
それによって自分をどれだけ信頼しているかがわかります。

自分が大好きな人は、自分を大事に扱おうとするので気持ちも安定し、いつも安心感で
満たされた生活をおくっています。

時には選んだことが失敗だったり、ヘマをしたり、一時的に気がめいることがあっても
きちんと受けとめ、その経験を次に生かそうと考えます。

自分の未熟な状態を受け入れ、それを制覇していく喜びにこそ、大きな価値があること
に気づくのです。

挑戦すべきことは目の前に広がっており、ただ自分のやり遂げる力を信じて飛び込んで
いけばいいだけです。

上手く行きすぎた時は要注意

上手く行きすぎた時は要注意

これまでも上手く行った時を振り返ると、その直後は気を緩めてダラダラと
過ごすことが多かったように思います。

上手く行かないのが自分のスタンダードになっていたためでした。これでは
努力したとしても進化成長は微々たるものでした。

現状を打破するためには、何としてでもこの当たり前の基準から変える必要
がありました。

今の自分がどういう基準で動いているのか、まずそれを把握することが重要
で、何よりもそのことに気づくことからでした。

よく考えてみると少しでも上手く行った時は、それだけで満足してしまったり
上手く行ったこと自体を疑い、上手く行くはずがない、などと否定したりして

上手く行かない状況に戻そうとする思考回路から切り替えて行くことを始め
たところです。

思いが私の現実をつくる

思いが私の現実をつくる

私がことさら言うまでもなく、人は「自分が考えている通りの人生を生きている」
とこれまでずっと言われて来たことです。

そして知識としてでなく実感として、それは真実だと理解し始めたところです。
それまで私は往々にして望まないことばかりを考えていたように思います。

そういう望まないことを現実化して来た間違った考え方に気づき、改めることが
出来たことは幸いでした。

最終的には望むことや望まないこと、好きなこと好きでないこと、良いこと良く
ないことなどを越え、全てをあるがままに愛せる自分でありたいと思います。

それまでは望むことや好きなこと、良いことだけを考え、それらに囲まれた生活
を存分に楽しめばいいと思うのです。

自分の観念を観察する

自分の観念を観察する

まず起こっていることやそれに対し自分の中で生じた感情や思いなどは、すべて
必要性があって起こったこととして認めることが重要でした。

それを否定したり抵抗しても得るものがないどころか、更に望まない結果を招く
ことになるだけだということです。

ありのままを認め、その事実を踏まえた上で望むことをひたすら思い描いて対応
して行くことが最善だということです。

そのためには常に、もう1人の観察者の視点を持ち続けることが大切でした。

また毎日、今の自分にとって望ましい最高の結果が起こっていることに気づける
かどうかにも関わって来るのでした。

起こった出来ごと以上に、それを自分がどのように受け取り、それに対してどう
行動して行くのかが一番重要なことだということでした。