「生活を考える」カテゴリーアーカイブ

安い食べ物は結局、高くつく

 

半年前、とても安い小麦粉が手に入るようになり、おやつを自分で作って食べていました。

その後しばらくしてから、前触れもなく腹を刺すような痛みがあり、びっくりしました。

それは断続的で数秒間しか続かないのですが、その度に不安になるのでした。

 

ネットでいろいろ調べてみて、ストレスや肩こりから来る痛みだと思いました。

だから、のんびり過ごすことと、肩をほぐすように気をつけていました。

しかし、その痛みがやって来る頻度が増えてきて、お医者さんへ行くことも考えました。

 

あるとき、夜中にキリキリ刺すような痛みは、よく食べているお菓子によるものだと気づいたのです。

考えてみると、原因として時期的にもピッタリ合うのです。

早速、作ったお菓子を食べるのをやめると、よくあった痛みもなくその夜は寝られたのです。

こうして安易に、安いものに手を出したツケを味わう形になりました。
それにしても取り返しのきかないほど健康を損なわずに澄んで、幸いでした。

口に入れる物は、妥当な値段以上のものを購入スべきなのだ、という教訓が得られました。

うっかりした代償として、苦い体験をさせていただきました。

 

もうちょっとで、食べ物が原因だとは知らず食べ続けて、ほんとうの病気になるところでした。

食べるものが原因で病気になるのは、本当のことなのだとつくづく思うのでした。

せめて食べものにだけでも気をつけていれば、よっぽどの病気になることはまずないのですから。

あとは定期的な運動を心がけていればいいだけです。

「人生を転換する」には

 

長期にわたって「人生の転換」をはかることにしました。

 

それまでは、ズバッと方向転換をして新たなウェブサイトに一新しようと考えていました。

しかし方向が見えず、一歩も前に進むことができませんでした。

 

それで、いままでの流れを急に変えるのではなく、ゆるやかに変えて行くやり方に修正しました。

 

ゆくゆくは、「食べ物とアレルギー」、「食べ物と健康」についても記事を充実させて行きます。

健康や病は突然やって来るのではなく、時間をかけて起こるものです。

 

その方面の情報や知識を十分に蓄積していって、はじめてその分野の様子もつかめるものです。

これまで食生活の転換を感覚で決めていたので、記事の形にするには時間がかかりそうです。

 

いま言えることは、食生活を更に変えてから、すこぶる身体の調子がいいということです。

 

昨年の10月半ばから連日、深夜1時半に起床して、パンを焼き続けています。

たまには昼寝をして睡眠の不足分を補っていますが、それほどきついとは感じていないことです。

元旦の日も、午前2時から8時まで作業を行い、午後1時から3時まで仮眠をしました。

 

 

健康維持のコツのひとつには「食」にあることを、身をもってつかんでいるところです。

私の場合、毎日朝食をしっかり食べることと、お昼はパン少々とリンゴなどの果物を食べるだけで、夕食はとりません。

 

そして、添加物の入ったものを口にするのは、なるべく避けています。

マーガリンなどの植物油脂や保存料などは特に要注意です。

パンを焼くにあたっても食品添加物はいっさい使わず、最小限のものを最小限の量で、原材料を扱っています。

 

どんな場合にもいえますが、自分の趣旨に合わないからといってそれを否定したり、完璧に行おうとしてはならないことです。

たとえば食品添加物は、それなりの役割があって流通しています。

ただ、わたしはそれを使わないというだけのことです。

 

また夕食は基本的にとりませんが、会合などで会食があるときには食べることもあります。

昼食もとらなかったり、1日中ほとんど食べないときもあります。

 

要するに極端にガマンしてみたり、無理をする必要がないということです。

だから、人生を転換していく上でも、少しずつやっていくことが大切だと自分に言い聞かせているところです。

 

 

 

非日常の食事を楽しむ

 

一度は行ってみたかった、空の駅「風和里しばやまレストラン」へ、カミさんと一緒に行ってきました。

 

現地には早めに着き、時計を見ると午前10時40分で一番乗りでした。

入り口の案内には、45分から受付開始と書かれていて、それまでベンチで待つことになりました。

初めて見る建物は、ホールの2つの側面が全面ガラス張りになっていました。

外の景色を眺めながら食事が楽しめ、開放感に浸れそうです。

 

ネットで調べたところ、料金は大人1400円で、65才以上は1000円でした。

でも現地に行ってみると、これは3年前のものでした。

現在は、大人1500円、65才以上は1300円となっていました。

100円のアップでしたが、これでもよく頑張っているなという印象がしました。

65才以上は300円のアップで、すぐその理由がわかりました。

続々とやって来るお客の大半が、この割引対象の人たちだったからです。

 

ようやく席に着いたところ、食事は11時からです、と言われました。

えっと思いましたが、満席だったこともあり早めに食べていいということになって、少し得した気分になりました。

食事中は、食べ終わった容器をこまめに下げてくれる、スタッフの方の手際の良さに感心しました。

野菜中心の料理がたくさんあったことと、ゆったりと食事を味わえたので、私のお気に入りの店となりました。

1時間以内という制限があったものの、時間内で十分に楽しめました。

 

後でわかったことですが、このレストランは開業から3年以上が経っていました。

その間に、いろいろと研究を重ねられたのでしょう。

各料理のバランスと豊富さ、それに要領を得たサービスは満足のいくものでした。

ごちそうさまでした。ぜひ、また立ち寄ってみたいです。

 

 

「食べ物」の変わりように唖然とする

 

 

二十数年前に、娘のアトピーをきっかけにして、本来の「食べ物」に、こだわり続けてきました。

そして最近では「食べること」の意味が、自分なりに見えてきて「食べ物」へのこだわりがなくなってきたのでした。

結局のところ、何を食べようと食べまいと大差のないことを知ってからは、「食べ物」への関心も薄らいでいました。

ところが、あるきっかけで、「食べ物」を切り口にして、今の世界や日本を見てみると、「食」に対する意識や「食べ物」の変わりように驚くばかりです。

そのときの衝撃は痛烈でした。気持ちをもちなおして、今度はこれまで以上に「食べること」「食べ物」にこだわって行くことを決めました。

「食べる」行為には、「食べること」以上に、何か絶対に譲れない大切なものがあるように思えてしかたがないのです。

 

今や食べ物の多くは、食品として日本をはじめ世界各地の大工場で大量生産され、また規格に沿った農産物が流通しています。

数十年前には考えられなかったスピードで、「食」にまつわる状況が世界規模で一変してしまったようです。

食べ物だけではなく、身のまわりにあるもの、例えば携帯電話もスマホに変わり、どんどん変化の度合いも激しくなっています。

まるで、ある決められたレールの上を猛スピードで走らされているように感じたりします。否応なく、ある方向へ進むよう仕向けられています。

そのことに気づいている人もいれば、全く気がついていない人もいます。深いところでは、誰もが気づいているはずです。

流れそのものを変えることが出来ないにしても、いま自分は何をしてるのか?どこへ向かっているのか?

せめて、それだけでもわかって行動していることが大切です。