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思い出せばいい

 

この人生での体験というものは、それこそ無限に広がる様々な体験の一つに過ぎないということです。

だからといって、いい加減に人生をやり過ごすのは愚かなことです。

ただ、どんな体験であれ、それに執着し過ぎないように注意しなければなりません。

 

太田龍、デーヴィッド・アイク両著の「2人だけが知っている世界の秘密」を読んでいます。

第5章のレプティリアンの精神的監獄から抜け出す方法のなかで、「私たちは人間ではなくて、無限の認識であってすべての可能性」であると述べられています。

 

人間として体験していますけれども、本来は認識する存在そのものが自分なのであります。

すべての可能性であり、全知の存在であるのをただ思い出すだけで充分であって、新たに学んで完全無欠になる必要はないと言われます。

この言葉には、とても響くものがあります。

 

それでは、忘れてしまったのを思い出しますには、どうすればいいのでしょうか。

そこがいちばん大事なように思われます。

思い出すための、きっかけとなるような言葉やイメージを見つけ出せば、何かを思い出せるのではないかと思っています。

 

 

気づいては改める

 

どうしても日常の取るに足りない些細な状況に、気が滅入るときがあります。

しかし、すぐに観察者の視点に立ちまして、こう言い聞かすのです。

「もっと大事なこと、霊的成長につながることだけに目を向けましょう。この世での出来事というのは、どのようであってもいいのですから」と。

 

霊的な成長とは、どのようなものなのでしょうか。

理解できました範囲で言えますのは、どれだけ人々の幸せを思い、人々に尽くせる人間になれるかです。

持っているあらゆる能力を奉仕活動にどれほど注ぎ込めますかどうかです。

 

いちばん肝心なのは、自分が人のためにやれますことを、充分にやり尽くしているだろうかと問うことなのです。

そう考えてみますと、まだまだやり足りないのがわかりまして、これではいけないと自分を叱咤激励いたすのです。

 

自己満足に陥ったり不平不満を持ったりと、またもや自己中心的な考えに占拠されていたのに気づかされます。

何度も気づいては改めるの繰り返しではありますが、少しずつでも前進する以外に道はありません。

焦らず、たゆまず、怠らずを合い言葉に歩むのみです。

 

 

具体的取り組み

 

心身にこれ以上の毒素を取り入れないようにして、これまで取り込んでしまった望ましくないものについては、清める方向に舵を取るところまで理解できたように思います。

具体的にどのようにやっていくのかが見えてきません。かといって外に答えを求めても見つからないでしょう。

 

内側から何らかのメッセージを聞き取るように、ここは集中するときなのかもしれません。

次に問いが与えられました。自分の心身に対して、どんなことをして上げられるのでしょうか。

 

ひとつには、もっと成長したいという内なる声に耳を傾けます。黙想のとき、ほんとうの自分とつながれますように意識を切り替えます。

これぐらいはいいだろうという甘いささやきに聞く耳を持たず、必要のないものは口にしません。毎日、軽い運動を取り入れて心臓を鍛えます。

 

また対外的には、意に沿わない出来事をもれなく許します。すべてに対して例外なく、愛と優しさを持って接します。

努力目標としまして、エゴが語る言葉をことごとく放棄します。欲望に走ることをやめ、個人的な意思を手放します。

 

 

永遠の存在

 

これまでの最大の間違いは、やがては老いて朽ちて行きます肉体を自分だと思って来たことです。

この人生で体験するための借り物でしか過ぎない身体を、自分だと信じ込んでいたのです。

 

ほんとうの自分とは、様々な体験を味わう主体であり永遠の存在である意識でもあります。

これまでも、そしてこれからもずっと未来永劫、完璧な存在としてあり続けるのです。

 

この次元での役割を終えましたら肉体は死を迎えますが、私は別次元へ移って行き、別の使命をもって再び新たな人生を生きるのです。

ですから、死を恐れる必要はまったくないわけです。

そのときが来るまでは、この人生でやれますことに集中して取り組めばいいのです。

 

本来ならば、不安になったり心配したり悩んだり落ち込んだりする理由はどこにも存在しないのです。

また、五感がとらえます周波数の世界というのは、全体の極々一部分でしかありません。

 

もっと広大な世界に目を向けて、そこへアクセスする術を身に付けて行かなければならないのです。

たとえ、どんな絶望的な状況であろうとも自暴自棄にならず、どんなに悲惨な運命に遭遇しようとも自分を信じ、あきらめたりしなければ幻想に打ち勝つことは出来るのです。

 

 

気づいた人間から

 

「自分を信頼している」と絶えず自分自身に言い聞かせていますと、無気力さや荒々しさなど好ましくない雑念を振り払うことが出来ます。

また、空気中にはラジオやテレビの電波をはじめとしまして、人間や高等生物などが発します想念が飛び交っています。

 

それを忘れてしまって無防備な状態にいますとき、否定的な考えやエネルギーなどを取り込んでしまいがちです。

そこを充分に注意しなくてはならないのです。

 

それでなくても、すでに心身を思い込みや化学薬品などで毒されており、洗い清めて行く努力が求められているのです。

たとえば、社会を良くしようとしても無駄であるとか、自分ひとりの力ではとても無理であるとか、誰も聞く耳を持たないし相手に歯が立たないから何をやっても無意味であるとか、そうした無力感に包まれています。

 

学校や職場では競争し、核家族化とスマホが行き渡り会話のない家庭が増えるに至って、私たち一人ひとりは完全に分断されて孤立状態と言えます。

大都会ではもちろん地方に住んでいましても、お互いに助け合うということが出来にくい状況にあるのではないでしょうか。

 

社会は急速に分業化が進んで、共同社会は確実にくずれつつあります。

気づいた人間があきらめずに、出来ますことを手がけて行くしか道はないように思われます。

 

 

光の生き方

 

バーバラ・マーシニアックの「プレアデス+かく語りき」には驚くべきことがたくさん書かれています。

自分に取りまして、この世界がすべてではありませんし、またこの世で体験者である自分が、自分のすべてでもないという真実を肝に銘じておく必要があります。

 

確かに、知れば知るほど絶望に陥ってしまうような状況が、この世界にはあまりに多く見受けられます。

かといって逃げ出そうとしたり、簡単にあきらめたりしますのも賢明なやり方とは言えないでしょう。

 

大変な事態でありますほど一層、冷静になって身の処し方を考えなければなりません。

いますぐ捕らえられてどこかへ連れて行かれるのでなければ、まだ対策を練ってそれを講じることはできるのですから。

 

客観的に考えてみますと、彼らはなぜ地球を乗っ取り人類を支配するのでしょうか。

自分たちの儀式を遂行し、食料源を確保するためなのでしょうか。

あまり触れたくはないのですが、悪魔であるためには悪魔的な要素を絶えず発散させていないと、自分を維持できないからでありましょう。

 

思いやりとか優しさ、信頼など、愛を基調とします思いは、悪に対し免疫としての機能を果たすと言われています。

そして最終的には、光はどんな暴虐をも許すことを学ばなければならないのです。

 

 

豊かさを求める

 

この宇宙が生まれました理由のひとつは、より豊かさを追求するためではないかと思われます。

それを実現して行く媒体として人間や他の生物が創造されまして、豊かさを生み出す源泉として自由意志や創造性、想像力などが賦与されたように思うのです。

奴隷のように酷使されたり、操作されたりするために人類が生まれたのでは決してありません。

 

全体がより豊かになりますには、構成員の個々が創造性を発揮して豊かになり、更なる豊かさを求め続ける意思を貫かなければなりません。

それから各個人が個人の域を一刻も早く抜け出し、グループから全体へと思考の枠を広げて行きまして、知恵を最大限に働かせる必要があります。

真の個人の豊かさは全体の豊かさから、もたらされるものであるからです。

 

個人が行います第一歩としまして、信頼に裏付けられました愛を自身と周りにできる限り満たします。

そして、周りのありとあらゆる存在の本質である愛を見届けます。

どんな出来事にも意味があることを認め、それらを謙虚に受けとめます。

この人生は自分を磨く修行の場と考えますと、何が来ようとも恐れるに足らずです。

 

 

考えが現実に

 

たとえ、どんな厳しい状況下に置かれたとしましても、そこを切り抜けて行きますには、自分が何を信じどのように考えて行くのか、が要となるように思うのです。

心より考えました通りに物事は展開して行くものであるからです。

 

そういう意味でも、普段から何を信じて生きているのか、がとても重要だと言えます。

どうしても自分が信じている範囲のことしか頭に浮かばす、それしか考えられないものなのです。

 

もしも自分の可能性をどこまでも信じますならば、あらゆる場合について思考をめぐらすことができますので、相当のところまでやり遂げられるはずです。

自己実現された人たちというのは、ほとんどがそういう人々であったのではないかと思います。

 

信頼に足る自分を確立しますには、様々な執着や思い込みなどを手放して純粋性を取り戻します。

自分自身への信頼を揺るぎないものにする努力と共に、望むような現実を心の中でどれだけ微細にわたり創り上げて行くかが最重要であり、それが最大の関心事となります。