必要な情報を見分ける

 

日常をどのようなことに心がけて、過ごすようにすればよいのでしょうか。

特に何も気にかけずに過ごしますと、どういうことになるのかだけは理解できたように思います。

 

すなわち、いつの間にか過去の世界に舞い戻り、あれこれと心のおしゃべりを延々と繰り返すようにプログラムされていると言えます。

ですから、充分に気をつけて、何らかの対策を講じなければならないわけです。

 

テレビやラジオなどに身も心も預けますと、いったいどういうことになるのかは察しがつきます。

気づかずに他人に文字通り操られた人間に成り下がってしまい、もう自分では考えようとしなくなってしまいます。

 

それでなくても身の回りには、一種の洗脳と思われるような情報であふれています。

毎年モデルチェンジしないと、時代遅れを感じさせるトレンドな車が走っています。

保険会社のセールスマンが玄関に現れて、将来への心配の種を運んできます。

ショッピングでは便利さや安さ、お買い得品で注意を引いて購買欲を駆り立てます。

 

これらはどれ一つも、ほんとうに重要な部類に入るものではないのです。食べ物で例えれば、どれもがジャンクフードに当たります。

本来は必要でない、そういうものばかり食べていますと、肝心の栄養あるものが食べられなくなってしまうのです。

 

美味しくて身体のためになるのは、どういうものかを普段から考えていなければならないのです。

自分を高めて力を与えてくれるような生き方を奨励します情報を、自ら求めて行く時代にいるという認識を持たなくてはならないのです。

 

 

より高い自分

 

本質に気づかないよう思考回路は分断され、身体的に改造されているのですから、自分がつねに低い周波数に立ち戻ろうとしますのも仕方がありません。

そのことに気がついていますだけでも、それに見合う適切な対応は可能だと思います。

 

自分の持てます数少ない機能をフルに使いまして、自力で一歩ずつ本来の性能を回復して行くのです。

そこで必要になって来ますのが、まず明瞭なビジョンと愛に満ちたハート、そして信頼であります。いま考えられますビジョンほかは、次のようなものです。

 

私の内の暗闇にことごとく、光を行き渡らせるのを意図します。私に起きるすべての出来事を前向きにとらえ、それを愛で強化して放って行きます。

もしも恐怖心が襲ってきましたら忌み嫌うことなく、愛の周波数で受けとめますように意図します。

 

私は自分の考え、そのものが自分の世界を創り上げていますのを重々承知しており、そうした力を持ちます自分を限りなく信頼します。

私の内にあります、より高い自分を発見します喜びを、すべての意識と分かち合えますことを意図します。

親愛なる神よ、私の意図が成功裏に終わりますように勇気と行動力と忍耐とを私にお与えください。

※参照 バーバラ・マーシニアック著「プレアデス+かく語りき」

 

 

自分の本性

 

仕事の作業中のことです。過去の出来事の、ある場面を思い浮かべて「ああでもない、こうでもない…」と、心のおしゃべりに気づく機会がありました。

そんなことより、もっと大事なことがあるでしょう!と怒鳴りたい気持ちになりました。

 

いつもこのような無駄話をしている習癖に呆れると同時に驚きでもあります。性懲りもなく延々と、こうしたおしゃべりを繰り返すのは、なぜなのでしょうか。

やりたい放題にさせているのは自分であり、それを許しているのも自分でありました。

 

「愛で一日を満たし、愛と共にいなさい」と言われるほんとうの意味がようやくわかりかけたように思います。

気がつくまで雑念に取り込まれてしまう隙を与えまくり、油断していますのが普段の自分の有様なのです。

これは今に始まったことでは無論ありません。何度も気づいて来たのですが、いっこうに改まっていないのが現状です。

 

何回か、心を愛で満たすように意識しました。とても落ち着き安らぎます。これを日常化できないのは、どうしてなのでしょうか。

どうしてもっとも大事な自分の本性を忘れてしまうのでしょうか。何よりも、この自分をマスターしなくてはなりません。

 

 

考えが世界を創造する

これからしばらく、すべては自分が何者であるかを思い出すきっかけと、とらえまして様々な書物や映画などを見て行きます。

バーバラ・マーシニアック著「プレアデス+かく語りき」では、信頼について、次のように語られています。

信頼するとは、自分の考えが自分の世界を創造することをはっきりと心でわかっていることであると。

 

ある意味では、私は破壊者かもしれません。確かに閉塞した態勢を打ち破るのが大好きな存在です。

教え込まれて来ました限界の一つ一つを投げ捨てて、新しい考えを持ちます。

自分には何もできないとか、これ以上は考えられないとか、そう思うのを金輪際やめます。

 

私は自分に与えられた力を呼び起こして、それらを全部使ってでも、この破滅的でおかしな世界を変えるのを意図します。

私は自分の新しい考えが、新しい世界を創造するのだと信じます。

私はより多くの光を得まして、より強く、より聡明になり、果敢に使命をやり遂げると意図します。

 

グループで為しえる最高の貢献に、私も一員として寄与するのを意図します。信頼こそ鍵であることを実証します。

ほんとうに望めば必ず実現するのを、私は知っています。

心に刻みつける

 

自分が何者であるかを忘れてしまった体験者の自分といいますのは、好き嫌いという嗜好をもって判断し、限られた範囲の中でしか物事を考えられないのです。

ですから、いくら考えたとしましても思い出せないのは当たり前です。

 

ほんとうの自分を思い出すためには、観察者であります存在がつねに自分と共にいますのを忘れてはなりません。それは魂あるいは良心とも呼ばれます。

まず、そうした自分を導いてくれます神のような存在がいるのを、ほんとうに信じているかどうか。

 

また、ほんとうに自己を信頼しているのかどうかを問うのです。正直なところ、こんな大切な存在を軽視してやって来ました。

一刻も個人的な意思を手放しまして内なる声にしたがって、生きますにはどうすればいいのでしょうか。

 

これまで取り仕切っていました自分の頭脳や身体を明け渡します。魂の意向に沿って生き始めます。

思い出しますのは、ほんとうの自分が観察者であり、内なる神であり、魂であることです。これを何度も心に刻みつけるのです。

 

 

思い出せばいい

 

この人生での体験というものは、それこそ無限に広がる様々な体験の一つに過ぎないということです。

だからといって、いい加減に人生をやり過ごすのは愚かなことです。

ただ、どんな体験であれ、それに執着し過ぎないように注意しなければなりません。

 

太田龍、デーヴィッド・アイク両著の「2人だけが知っている世界の秘密」を読んでいます。

第5章のレプティリアンの精神的監獄から抜け出す方法のなかで、「私たちは人間ではなくて、無限の認識であってすべての可能性」であると述べられています。

 

人間として体験していますけれども、本来は認識する存在そのものが自分なのであります。

すべての可能性であり、全知の存在であるのをただ思い出すだけで充分であって、新たに学んで完全無欠になる必要はないと言われます。

この言葉には、とても響くものがあります。

 

それでは、忘れてしまったのを思い出しますには、どうすればいいのでしょうか。

そこがいちばん大事なように思われます。

思い出すための、きっかけとなるような言葉やイメージを見つけ出せば、何かを思い出せるのではないかと思っています。

 

 

気づいては改める

 

どうしても日常の取るに足りない些細な状況に、気が滅入るときがあります。

しかし、すぐに観察者の視点に立ちまして、こう言い聞かすのです。

「もっと大事なこと、霊的成長につながることだけに目を向けましょう。この世での出来事というのは、どのようであってもいいのですから」と。

 

霊的な成長とは、どのようなものなのでしょうか。

理解できました範囲で言えますのは、どれだけ人々の幸せを思い、人々に尽くせる人間になれるかです。

持っているあらゆる能力を奉仕活動にどれほど注ぎ込めますかどうかです。

 

いちばん肝心なのは、自分が人のためにやれますことを、充分にやり尽くしているだろうかと問うことなのです。

そう考えてみますと、まだまだやり足りないのがわかりまして、これではいけないと自分を叱咤激励いたすのです。

 

自己満足に陥ったり不平不満を持ったりと、またもや自己中心的な考えに占拠されていたのに気づかされます。

何度も気づいては改めるの繰り返しではありますが、少しずつでも前進する以外に道はありません。

焦らず、たゆまず、怠らずを合い言葉に歩むのみです。

 

 

具体的取り組み

 

心身にこれ以上の毒素を取り入れないようにして、これまで取り込んでしまった望ましくないものについては、清める方向に舵を取るところまで理解できたように思います。

具体的にどのようにやっていくのかが見えてきません。かといって外に答えを求めても見つからないでしょう。

 

内側から何らかのメッセージを聞き取るように、ここは集中するときなのかもしれません。

次に問いが与えられました。自分の心身に対して、どんなことをして上げられるのでしょうか。

 

ひとつには、もっと成長したいという内なる声に耳を傾けます。黙想のとき、ほんとうの自分とつながれますように意識を切り替えます。

これぐらいはいいだろうという甘いささやきに聞く耳を持たず、必要のないものは口にしません。毎日、軽い運動を取り入れて心臓を鍛えます。

 

また対外的には、意に沿わない出来事をもれなく許します。すべてに対して例外なく、愛と優しさを持って接します。

努力目標としまして、エゴが語る言葉をことごとく放棄します。欲望に走ることをやめ、個人的な意思を手放します。