純粋な願い

 

人より勝ろうとする欲が、自分の中にありますのを認め、それを把握しておかなければなりません。

どうして、みんなの幸せだけを考えることができないのでしょうか。

 

長年の習性として自我の欲望にかられますのが、ごく当たり前になっているからだと思います。

放っておきますと、自分にとって何をさておいても、この自我が満たされるのが最優先なのです。

 

なぜ、こうした個人的な意思から離れなければいけないのでしょうか。それは、みんなのことに目を向けますのを困難にしているからでありましょう。

個人的な好みやこだわり、願望にとらわれている限り、どんな客観的な真実も見えて来ないからではないでしょうか。

 

もっとも願望に関しては、自分を利する願いと純粋な願いとを区別して行く必要はありそうです。

ほんとうの自分とのつながりを持ちますには、どうしたらいいのでしょうか。

 

自分を賢く見せたい、格好が良く少しでも若く見せたい、人より偉くなりたい、もっと稼ぎたいなどの欲望は、全てとらわれでありますのがはっきりと理解できるかどうかです。

そして、それらを手放して行くと自分に約束できるかどうかであります。

 

カチンと来たり言い争ったりしますのは、自分を少しも信頼せず、そうした自我の言いなりになっていますからです。

自我が語りかけてくる言葉をことごとく放棄して行けますように。