人生の役目

 

もし人に数多くの人生というものがあるとすれば、その中のひとつに過ぎない、いまの人生をどのようにとらえて行けばいいのでしょうか。

そもそも自分が望んだわけでもないのに、なぜ人間は人生というものが与えられているのでしょうか。

すぐ出てくる答えは、さまざまな体験を通して学んでいくための舞台として人生があるということです。

 

もう二度とおなじ辛い思いをしなくて済むように、自分のおかした間違いや失敗から何か学び取ろうと、努力するのが人間ではないかと思います。

少しでも「ましな生活」をしようと、少しは「まともな人間」になろうとして、なんとか知恵を働かせるものだと思うのです。

 

みずから進んで学ぶというよりは、どちらかといえば、学んで行かざるを得ない状況に追い込まれてしまうのです。

何も学ぼうとしない、ずっと学ばない選択をする人も中にはいますが、敢えてそのように振る舞っているだけで、そういう人はいずれ大きな代償を払ってでも学ぶことになるのです。

 

この学び続けるという選択は、簡単なことのようで非常に難しいことがわかってきます。

いったい何を学び、どのように学んで、それをどう活かして行ったらいいのかという問題です。

学んだつもりだったのに、結局何も学んでいなかったと気づかされることが何度あったことでしょうか。

 

人生でたったひとつのことでいいから、それに関しては十二分に学べたと胸を張れるほどに、学び尽くしたいものです。

ひとつのことを浅く学んで終わりにするのか、または、ひとつのことからどれだけ深く学びとおすのか、そのことを学ばせるのも人生の役目のような気がします。

 

そして、人にはそれぞれ、その人生で掘り下げていくべきテーマというものがあるようです。

それが何であるのかは重要なことですが、人生を歩んでいくうちに何となくわかってくるもののようです。