いまという時

 

少しでも人生を振り返ってみたことのある人が、そこで大きな価値を見つけ出すのは決まって、自分を前進させてくれたものであったり、新しい経験だったり、思い込みから解放してくれたものなどであったことに気づくと思います。

しかしそれらはすべて、その当時の自分からすれば、決して心地よいものでなく辛い思いをさせるものばかりであったはずです。

 

こうした自分の殻から抜け出すきっかけとなる出来事は外からやって来るのですが、それ以前にそれを招くような布石を自分が打っていたことにも気づく必要があります。

身に覚えがなくても、脱皮を繰り返して行くために、その結果を生むような原因の種を自分がその都度まいていたのです。

 

もしいま困難なことにぶつかり、それを乗り越えようとしているなら、それは将来の飛躍に不可欠な体験なのかもしれないのです。

そう思うとより一層、身を入れて行うことはあっても、いい加減にすませたり手を抜くことは出来なくなるものです。

 

しかし先のことをあれこれ思案して、いまという時を、未来のことで奪われることがないように注意しなくてはなりません。

いまという時間でしか、やれないことだけをやって行く、それが積み上げていくための約束事のような気がします。

 

未来というものは、着々といま造られつつあり、古い過去が見直され新しい過去が造られるのもいまなのです。

そうしたすべてが集まる、いまという大切な時に、

「自分はいったい何をやろうとしているのか?」

「いま何をやっているのか?」

と問うことで、自分自身に連れて行ってくれる道の、真っただ中にいることに気づきます。