なぜ愛で対応することを切望するのか

 

なぜ、愛で対応することを切望するのか?

どうしてもイラツイてしまう自分の性格を

何としてでも変えたいという思いからでした。

 

例えば、自分が簡単にやれることや理解できることを、

娘がそのようにできないときに、

ついイライラしてしまうのが常でした。

 

また妻との会話で、

自分の言ったことが

全く予期しない形で受け取られたときは、

あきれてしまい

その先が言えなくなって、

会話が続かなくなることがよくありました。

 

なぜそうしたときに、

セッカチな性格があらわれてくるのか。

それがようやくわかりました。

 

娘や妻の言動の中に、

できない自分やトンチンカンな自分を

見ていて、

そんな歯がゆい自分に

耐えられないからでした。

 

かつてのできない自分、

知らない自分を

いまだに許していなかったのです。

 

人から「できないくせに」

とか

「そんなことも知らないくせに」

と言われて、

また

自分でも自分をそうした言葉で責め立て、

その度に縮こまっている自分を

見ていられないからでした。

 

それで状況を変えるためには、

自分の未熟さを

心から許し

受け入れることと、

そんな自分を

愛で対応するように実践する

ことが先決だとわかりました。

 

まず未熟な自分を

愛で対応できるようになって、

はじめて妻や娘に対しても

同じように

接するようになれる

ということです。

 

日々、自分とどう付き合っているのか?

それが

対人関係のあり方をも決めている。

そのことが今回、理解できたのです。

 

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