「心の声」に気づく

 

C・ジェームス・ジェンセン著の「潜在意識を とことん 使いこなす」に次の一節があります。

 

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「心の声」とは、あなたの頭の中でのべつまくなしに

おしゃべりをつづける小さな声のことだ

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これを読んだ瞬間、なぜ自分はいつも同じパターンに

おちいるのか、それがやっとわかりました。

 

建設的なことを考えていても、「変わりっこないなー」とか

「ついて行けないな―」などと、心の片隅で打ち消す言葉を

つぶやいていたことです。

 

注意すべきことは、そういう「心の声」が気づかないところで

一日中、絶え間なくささやいているという現実です。

 

人は1日に、何と40,000コ以上の言葉を、心のなかで自分に語りかけているというのです。

 

しかも、その内容はほとんどが否定的なことが多いという事実。

 

新しい考えやアイデアに出合ったとしても、翌日には完全に忘れ去っており、元の状態に戻っているのです。

 

心の奥で変わりたくないという自己を維持する本能が働いているからです。

 

その壁を突き崩すところまで行かないと、いつまでも自分は変われないことがわかります。

 

また、この「心の声」に関しては希望のもてる面もありました。

 

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このおしゃべりには、潜在意識への働きかけや

指示の意味もあると知っておくことが重要だ

‥‥

幸いにも私たちは一度に一つのことしか

考えられないので

思考をコントロールすることが可能なのだ

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と言うのです。

 

自己暗示というアファメーションをうまく使って行けば、心の壁を突き崩すことができ、活気ある思考に置き換えていけるのです。

 

例えば「私は最高の人生を求め、自分にとって最高のものを引き寄せます」

これをわたしは毎日、朝晩唱え始めたのです。

 

 

すさまじく思うこと

 

「成し遂げる」とは、

どういうことなのでしょうか?

稲盛和夫さんの著書

「生き方」には、

次のような言葉があります。

 

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すさまじく思うことが大切

 

強烈な願望として

寝ても覚めて四六時中そのことを

思いつづけ考え抜く。

 

頭のてっぺんからつま先まで

全身をその思いでいっぱいにして、

切れば血の代わりに「思い」が流れる

 

それほどまでにひたむきに

強く一筋に思うこと、

そのことが物事を成就させる

原動力となる

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過去を振り返ると

これまで本当にバカなことばかり

わたしはやって来ました。

これからも、

それは続くことでしょう。

 

ただ同じバカをするにしても、

少しはマシな選択ができる

生き方ができたら‥と、

そう願っています。

 

これからも一生懸命に

バカなことをすることでしょう。

 

それを軽減するには、

心から湧き出てくる「思い」に、

どれだけ素直に従えるか!

それが重要だということです。

 

自分の主義や主張に

生きるのではなく、

心から湧き出て来る

「思いを生きる」こと。

 

これができているかが

最も大切なことです。

まわりの環境が

どのような状態であっても

構わないのです。

 

物事を成就する上で

問われるのは、

まわりの状況よりも

「わたし自身が、どうであるか」

ということです。

 

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こちらの思いの深さと

観察の鋭さに応じて、

無機質であるはずの

現場や製品にも

「生命」が宿り、

無言の声を発する‥

 

いわば

「心に物がこたえる」

瞬間を経て、

物事は成就していく

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自分がおかす愚かさに

目を光らせ、

よりマシな選択が行えるよう

謙虚になることです。

 

自分の思いに

忠実に従うとともに、

まわり状況を

ありのままとらえる

必要があります。

 

成就するとは、

自分の思いを

一途に確立して行く

ことです。

 

そのプロセスを通じて、

はじめて

まわりに貢献できる道

も見えて来ます。

 

 

バカな自分を思い知る

 

もう一度やり直せるものなら、

やり直したいと思うほど、

バカなことをして来ました。

その最たるものが、

これまでの娘との関わり方です。

 
例えば、娘が小学生のころ、

前から故障していたビデオ機を

早く直して!

と腹を立てて言ってきた

ときのことです。

 

それに対して

わたしは「もう直さない!」

と言ったのです。

「前もそうやって

大事に使おうとしていないので、

また故障するから直さない」

と言いました。

 

そして

「感謝して使っている?」

と聞いたのです。

娘は

その感謝して使うということに、

どうしていいか、

わからないようでした。

 

そして涙を出して、

懸命に言い返そうと

していました。

そんな娘に対して、

わたしは

心を寄せる余裕もなく、

自分の言いたいことしか

頭にありませんでした。

 

「世界には、ビデオを

使えない人がたくさんいる」

と言うと、娘は

「そういう人は、

そこに産まれたのが悪い」

と言いました。

自分には関係がない

という風でした。

 

更に、わたしは

前々から思っていたことを

言い放ったのです。

「テレビも買い換える

必要があっても買わない」

と‥。

 

後になって、

娘にどうなって欲しいか、

希望をきちんと伝える

必要性を感じたものの、

その後で

しっかりフォローをしたという

記憶がないのです。

 

娘に対して

良かれと思って

やったことの多くは

自分の考えを

押し付けること

だったのです。

 

これを思い出すたびに

自分のバカさ加減

とともに、

謙虚になることを

思い知るのです。

 

 

いま、どんな世の中にいるのか

 

内海聡さんの「この世界を変える方法」という本を読みはじめました。

予想していたとはいえ、ショッキングな内容でした。

落ち込みながらも読み進めました。

 

「日本の食や医療は、あらゆる意味において世界一である」

「精神病院の病床数は世界一、食品添加物の認可数も世界一、有病率も世界一‥‥」

 

日本の医療産業をはじめ、食産業、教育、エネルギー、マスコミ、政界などは完全に

コントロールされているようです。

 

私たちはずっと家畜のように扱われているようです。

日本が最悪な意味で、世界一なのも当然の結果だったのです。

家族のことは自分たちで守って行かなければならない、そんな世の中にいるのです。

 

自分でも、うすうす感じていたことを、はっきりと述べられていました。

隠された世界支配の構図が何となく見えて来るようです。

絶望的になりつつも、そういう現実を直視して、それに対処する以外には道はないようです。

 

取り組むべきこととして、こう書かれていました。

「社会を変えるより、まず自分を変えよ」と。

 

たとえ、まわりがどんな状況であったとしても、それを自分がどう受けとめ、

どう行動するかという選択にすべてかかっています。

 

これからは目的意識をもって、物事にのぞむことがいっそう重要になって来ました。

責任を人に押し付けたり、人を批判している場合でなく、選択して来た自分にも責任があるのです。

 

今後どう行動していくのかが問われています。

より具体的な行動として、次のような提案がありました。

「いろいろな問題や情報を共有し合えるグループをつくって行く」

 

まず取り組むことは大切な人たちと情報を共有し、つながりをもつことです。

それが大きな力になって行くことになります。

 

何かがおかしいと感じている人は、たくさんいるはずです。

そういう人たちとつながることを考えて行けばいいということです。

 

 

成功者から偉大な成功者へ

 

アール・ナイチンゲール著の

『人間は自分が考えているような人間になる』

という本があります。

 

そこには、

 

「考えていることが実現する」

という考えほど、

人間にとって重要なものはない

 

と書かれています。

 

この言葉は、

既にわたしをはじめ誰もが

成功者だと言っているのです。

 

もちろん、ほんとうの意味では、

まだ成功への途上にあると言えますが、

実現させている点では

いまも成功しているのです。

 

問題は、

「どういうこと」を

「どのように」考えているか?

それが最も重要なことです。

 

例えば、わたしは毎日、

地元の道の駅へ、

朝、焼いたパンを持って行きます。

 

そして、前日

どれだけ売れたかを確認するときは、

「‥‥も売れたんだ」

と、いつもつぶやいています。

 

そうすることで

どんな売上げに対して、

いつも肯定的なイメージを

持ちつづけています。

 

人間は考えた通りのことを

実現させているので、

絶対にポジティブにとらえ、

それを実現させたい

と思うのではないでしょうか?

 

成功者にとっては、

「積極的思考」や「大きく考えること」が、

どれほど重要なことであるのか!

それが痛いほどに、

伝わってくるのです。

 

どんな出来事に対しても、

いつも肯定的に受け取り、

望まし状況なんだと

何としてでも、

そう考えなくてはならないのです。

 

偉大な成功者への道は、

これまで無意識に続けてきた

否定的に受け取る習慣から抜けだし、

ものの見方、考え方を

根本から変えた時点で

はじめて歩めるものです。

 

大半の人々が、

いまの生活を維持することにのみ

汲々としている。

 

今とは違うものの見方をしてみれば、

新しい人生が開ける

という事実に気づいていないのだ。

 

とナイチンゲールも言っているのですから。

 

 

なぜ愛で対応することを切望するのか

 

なぜ、愛で対応することを切望するのか?

どうしてもイラツイてしまう自分の性格を

何としてでも変えたいという思いからでした。

 

例えば、自分が簡単にやれることや理解できることを、

娘がそのようにできないときに、

ついイライラしてしまうのが常でした。

 

また妻との会話で、

自分の言ったことが

全く予期しない形で受け取られたときは、

あきれてしまい

その先が言えなくなって、

会話が続かなくなることがよくありました。

 

なぜそうしたときに、

セッカチな性格があらわれてくるのか。

それがようやくわかりました。

 

娘や妻の言動の中に、

できない自分やトンチンカンな自分を

見ていて、

そんな歯がゆい自分に

耐えられないからでした。

 

かつてのできない自分、

知らない自分を

いまだに許していなかったのです。

 

人から「できないくせに」

とか

「そんなことも知らないくせに」

と言われて、

また

自分でも自分をそうした言葉で責め立て、

その度に縮こまっている自分を

見ていられないからでした。

 

それで状況を変えるためには、

自分の未熟さを

心から許し

受け入れることと、

そんな自分を

愛で対応するように実践する

ことが先決だとわかりました。

 

まず未熟な自分を

愛で対応できるようになって、

はじめて妻や娘に対しても

同じように

接するようになれる

ということです。

 

日々、自分とどう付き合っているのか?

それが

対人関係のあり方をも決めている。

そのことが今回、理解できたのです。

 

本「5つの願い」から

 

今回、ゲイ・ヘンドリックス著「5つの願い」という本について書いてみます。

副題には、「たったひとつの質問から、幸せな人生が手に入る本」とあります。

 

実話をもとに書かれたものだけあって、最初の「はじめに」を読み始めただけで

わたしはそのたった「ひとつの質問」に答えていました。

以下、そのプロセスを紹介させていただきます。

 

ひとつの質問とは、どんなものだったのか想像がつくでしょうか?

その質問とは、次のようなものだったのです。

 

まず、死の床にいる自分自身を想像します。

そして、その人がわたしの目をじっと見つめて質問します。

「あなたの人生は完全に成功でしたか」

 

私は答えました。

いいえ、わたしの人生は完全に成功ではありませんでした。

そこで、なぜ成功と言えないのだろうかと考えてみました。

 

たとえ、どんなことであったとしても妻や娘をはじめ人に対して、

愛とかけ離れた自分勝手な対応ばかりしてきました。

 

それを悔やんでいる自分がいました。

では、なぜ愛で応えることが大切なのか、答えてみました。

 

例えば人に対して、わたしを無条件に受け入れてほしい、認めてほしい

という願望があります。

だから、そうした自分がしてほしいことを相手にして上げることは、

愛の表現だと思うからです。

 

次に、自分の望みを目標に変え、達成できたと言い切ってみました。

わたしの人生は、完全な成功でした。

なぜなら妻や娘、人に対して親密で愛に満ちたつながりを感じているからです。

 

起こること、やること全ては、つながりを深めるキッカケなのであって、

わたしは愛をもって応対していることがわかったからです。

 

その後、愛で応えることがわたしの本心からに望んでいることであり、

身も心もこめて達成したいことだわかりました。

少しずつ目標に近づいている気がします。

 

自分の中で言葉では表現できない変化がありました。

ひとつには今までのような自分勝手な態度がとれなくなったことです。

 

 

正月特需で、にぎわう

 

今日も、午前2時起きでパンを焼き上げました。

しかし今朝は気温が下がっていたため、一次発酵がまだ完了していなかたので、あと1時間待つことになりました。

 

今日は12種類のパンを焼き終わって、午前9時過ぎに地元の道の駅へ持って行きました。

そしてお昼には追加のラスクを持って行きました。

お店は正月休みの子ども連れの、家族の人たちでにぎわっていました。

 

あるお客さんは、手にとって「こんな固いパンはめずらしい」そう言いながら、甘納豆入りパンとパンプディング・パン、シナモンラスクを買っていただきました。

 

きちんとお礼を申し上げましたが、こうしたお客さまとのやり取りのときが、一番やりがいを感じます。

正月3日目の明日も、大勢のお客さんが見込めそうなので、いつもよりも多めに仕込むことにしました。

 

せっかくの正月だから、仕事を休みにするという考え方もありました。

当初は、せめて年1回の正月ぐらいは休みたいという思いがありました。

 

でもすぐ考え直して、買い求めるお客さまがおられる限り、休まずに焼き続けようと決めたのです。

その選択は正解でした。正月だからこそ、多くの客さまに喜ばれる機会に出合えたからです。

 

もともとは、昨年10月に開業した「道の駅」に、こだわりのパンを出品し始めました。

すると売れる量がこれまでの比ではなく、パン職人の本領を発揮する場を与えられ、本腰を入れて焼くようになりました。

 

それ以来、仕事がより面白くなりました。新商品を次々と焼いてみては、お客さまからの反応を伺うのも楽しみのひとつです。

そのようなチャンスが年中無休あるのですから、休まず身体の続く限り焼いて行こうと思うのです。